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2021.07.30

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.5 タイムカプセルから掘り起こされた愛犬の写真

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.5 タイムカプセルから掘り起こされた愛犬の写真

(写真・文 内村コースケ)

犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。

3年越しでフィルムを現像

先日、古いカメラに3年余り入れっぱなしだったフィルムの残りを撮りきって現像した。いずれも妻と犬と私が写った家族写真で、前半には2年前に15歳で亡くなったフレンチ・ブルドッグの「マメ」が写っていた。後半は今しがた撮ったばかりの、今一緒に暮らしているアイメイト(盲導犬)のリタイア犬の姿。36枚撮りの1本のフィルムに時を超えて2世代の犬が写ったことに、感傷を揺さぶられた。

そんなことがあったので、今回は写真の話を書きたい。今は誰でもスマートフォンで日常的に写真を撮る時代で、少し頑張って写真と向き合いたい人はデジタルカメラを手にする。フィルム写真はまだ完全に死んではいないが、カメラマニアや一部の写真家、フィルムを新鮮に捉えるデジタルネイティブの若者たちのニッチなニーズに支えられている。僕もほとんどの場合はデジタルカメラを使うが、写真家としての作品撮りや日常のスナップで気が向いた時にはフィルムを使う。

ただし、フィルムでは今は白黒しか撮らない。ノスタルジーの表現としての白黒ではない。身も蓋もない言い方をすれば、「芸術写真は昔から白黒と決まっているから」なのだが、デジタル時代特有の理由としては、「フィルム現像をするDPE店が減っている中、白黒フィルムは自分で手軽に現像できる」「カラー写真はデジタルの方がきれいなので、あえてフィルムで撮る意味が感じられない」という2点が挙げられる。

白黒写真をフィルムで撮るということ

もちろん、デジタルカメラでも白黒写真は撮れるが、日本のオールドファンには、こと白黒においてはいまだにフィルム>デジタルだと信じている人が多い。彼らは「銀塩写真」(フィルムに塗られた銀塩=ハロゲン化銀に光を当てて作る写真)という美しい言葉を好んで使う。でも、銀塩白黒写真がデジタルの白黒写真を絶対的に上回るとは僕には到底感じられない。もちろん、プリント・データの仕上げ方によってさまざまなのだが、画質の良し悪しで言えば「デジタルの方がきれい」だと言い切っていいと思っている。リアリストが多い欧米の写真家の多くも、概ね同じ考えだと思う。

それでもフィルムを使う理由は、あいまいな表現で申し訳ないが、「精神性」の部分で優位なケースがあるからだ。フィルム写真は、「粒子」によって構成されている。拡大すると細かい粒粒が見えて、フィルム写真が一種の点描画であることが分かる。デジタル写真にもこの粒子に相当する「画素」があり、本質的には変わらない。ただ、整然と数学的に並ぶ画素に対して、フィルムの粒子はある程度ランダムに並んでおり、そこに偶然性に左右される目に見えない「隙」のようなものが生じる。「隙」は時には「色気」となり、色気がある写真表現には心を込めやすい。

理屈を言えばそんなことになる。ともかく僕の目には、フィルム写真には画質の良し悪しだけでは語れない「行間」や「余韻」がより強く感じられるのだ。ただ、この点でも、どんな場合でも絶対的にフィルムが優位というわけではないし、上記の理屈も間違っているかもしれない。だから、やっぱり「精神性の部分でフィルムを使う」としか言いようがない。


フィルムの「タイムカプセル効果」

そして、冒頭の体験のような、フィルム特有の「タイムカプセル効果」である。未現像のフィルムにはまだ「写真」という目に見えるものに昇華していない「思い出」が詰まっている。撮ったその場で見られるデジタル写真とはそこが決定的に違う。

フィルムしかなかった頃は、1回の旅行で1本撮り、数日後に同時プリントするような使い方が多かった。それではタイムカプセルと呼ぶにはタイムラグが短すぎる。でも、今の時代の「あえてのフィルム」は、1枚1枚大事に撮る人がほとんどだろうから、僕が今回現像したフィルムのように、数年越しで1本を撮り切るケースも多いと思う。そうなると、フィルムを現像するということは、タイムカプセルを掘り起こすようなものとなる。

前段で書いた写真の芸術性云々の話はさておいても、フィルム写真のタイムカプセル効果は、誰にでも共感できるデジタル時代ならではの写真の楽しみ方だと思う。家に眠っているフィルムカメラがあれば、久しぶりにフィルムを通して、愛犬の写真を時間をかけて少しずつ撮りためてはいかがだろうか。

その際に一つ注意点を。フィルムはナマモノであり、消費期限がある。長期間フィルムをカメラに入れっぱなしにしておくのも、画像劣化の要因となる。だから、本当はできるだけ早く、最低でも消費期限内に現像した方が良い。でも、それは過去の常識。タイムカプセル効果を狙うなら、やりすぎない範囲であえて「期限切れ画像」の行間を楽しむのもオツかもしれない。

■ 内村コースケ(写真家)

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞で記者を経験後、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争の撮影などに従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)会員。