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2022.03.10

ステロイドは副作用が怖い薬?犬の病気目線で解説します。[#獣医師コラム]

ステロイドは副作用が怖い薬?犬の病気目線で解説します。[#獣医師コラム]

「ステロイド」と聞くと、副作用が怖い、一度使うとやめられなくなる、などといった印象をお持ちの方も多いのではないでしょうか。巷でも、皮膚疾患における脱ステロイド療法を好意的に紹介したテレビ番組などがあり、医師会との間で騒動になったことも記憶に新しいかもしれません。

しかしながら、ステロイド剤は獣医療において切っても切れない有効な治療法の一つとして確立しています。今回は、治療薬としてのステロイドについて、どういった作用を持ち、どのような疾患に効果があるのか、また、副作用の現実や人医療での使用方法との違いなどをまとめてみました。

DOG's TALK

この記事を書いた人 (庄野 舞 しょうの まい)獣医師

東京大学 農学部獣医学科卒業。 東京大学付属動物医療センターにて、血液腫瘍科、神経内分泌科、消化器内科で従事。 たくさんのペットの生死を見てきて、共に戦った飼い主さんが最終的に願うのは「食べさせてあげたい」という思いであることに気づく。 現在は、病気予防のふだんの食事のこと~漢方、植物療法の世界の探求に励む。はじめの一歩に漢方茶マイスターを取得。 得意分野は、犬猫の血液腫瘍と回虫。講演なども行っている。

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犬の薬として見る、ステロイド剤とは

ステロイドとは、物質の中で「ステロイド核」と呼ばれる特徴的な構造を持ったものの総称です。
この物質は多くの動物の身体の中で作られており、たとえば細胞膜の構成成分であったり、あるいは体内のホルモンの一部であったりがステロイドにあたります。

このホルモンをステロイドホルモンと呼び、精巣や卵巣から分泌される性ホルモン、副腎皮質から分泌される副腎皮質ホルモン、この2つが該当しています。
副腎とは、腎臓の近くにあるとても小さな臓器のことで、様々なホルモンを分泌し、生体機能の維持を担っています。副腎から分泌されるホルモンは「糖質コルチコイド」と「鉱質コルチコイド」に分類され、主な機能として、糖質コルチコイドは血糖値のコントロールや炎症を抑える働き、鉱質コルチコイドは体内のナトリウム・カリウムのバランスを調整する働きが知られています。

ステロイド剤はこの糖質コルチコイドに分類されるステロイドホルモンそのもの、あるいはその類似物質を人工的に合成したものを指します。医療での利用は1945年と、とても古い薬でもあります。もともとは体内にある物質だったのですね。

犬の治療で使用されるステロイド剤の効果

ステロイド剤は体内に取り込まれると、細胞膜を通過し、細胞内に入っていきます。そこで、糖質コルチコイド受容体に結合、その後細胞の核の中へと移行します。核は遺伝子情報を持つ細胞の器官で、ここにステロイド剤が到達することで、遺伝子の発現を調整(※)するのが作用機序となっています。

■ もっと詳しく!「遺伝子の発現」とは?

生物の身体の中にはDNAと呼ばれる遺伝子情報が存在します。このDNAは細胞の核の中に存在し、核内でRNAを作ります。その後、RNAは不必要な部分が除去され、必要部分のみが核の外へとでていきます。
そこで、RNAからタンパク質が合成され、そのタンパク質によって生命活動が行われるといった流れになっています。ステロイド剤はDNAがRNAを作る過程(転写と呼びます)を調整する働きを持ち、そのため合成されるタンパク質に変化をもたらすことに繋がります。ステロイドは核の中に入るから危険!といった噂が流れていたりしますが、このような働きをしているのです。

具体的な働きとして挙げられるものに以下のようなものがあります。

・代謝の変化
 タンパク質分解の促進
 糖の生産促進と細胞への取り込みの抑制
 脂肪の分解と合成の促進
 カルシウムの吸収低下

・炎症、免疫への影響
 炎症物質の産生抑制
 抗体の産生抑制
 マクロファージ(免疫細胞)の機能抑制

ステロイド剤のこれらの作用のうち特に、炎症・免疫の抑制といった作用を治療に役立てるよう使用しているケースが多いです。この抗炎症、免疫抑制の違いは、ステロイド剤の使用量によって変化し、たとえばステロイド剤を低用量で使用すれば抗炎症、高用量で使用すれば免疫抑制作用が出現します。

ステロイド剤の種類によっては、薬が作用する時間や作用の強さが異なるため、治療においては使い分けをしています。獣医療でよく使用されるステロイド剤は、作用時間が比較的短く、作用の強さも低く、かつ飲み薬、注射薬、軟膏と形態も様々あるため使いやすいことからプレドニゾロンと呼ばれる薬がよく使用されています。

ステロイドの使用対象となる犬の病気はどんなもの?

抗炎症作用を期待して使用するのは、体内での炎症が原因で起きる疾患、あるいは炎症によって症状が出現するような病気になります。
代表的な病気は、以下になります。

・アトピー性皮膚炎
・食物アレルギー
・椎間板ヘルニア
・口内炎
・膵炎
・慢性気管支炎


免疫抑制作用を期待して使用するのは、体内での免疫反応が過剰、あるいは異常となり起きる疾患であり、具体的なものには以下が該当します。


・慢性腸症
・免疫介在性溶血性貧血
・免疫介在性血小板減少症
・免疫介在性多発性関節炎
・天疱瘡
・エリテマトーデス

これらの疾患に対する治療は、初期に免疫抑制量のステロイドを使用し、徐々に用量を落としていく、といった流れで行うことも多くあります。

また、ステロイド剤は免疫細胞の一種であるリンパ球を障害する効果もあるため、リンパ球系の一部の腫瘍に対しては抗腫瘍効果を期待して使用されています。
代表的な疾患にはリンパ腫が挙げられ、抗がん剤とステロイド剤を組み合わせて使用する治療が主流となっています。
その他、炎症を引き起こす肥満細胞が腫瘍となる肥満細胞腫に対しても効果があるとされ、治療の一つに組み込まれています。

犬がステロイド剤を使用すると副作用はあるの?

このように多くの疾患に効果的とされているステロイド剤ですが、効果の範囲が広い分、副作用も多数、知られています。主な副作用を紹介します。

(1)免疫機能の低下
ステロイド剤は身体の炎症を抑えたり、免疫を抑制したりする効果があるため、炎症性の疾患には効果があるものの、同時に身体の免疫も低下させます。このような状態では感染症が悪化したり、かかりやすくなったりします。

(2)多飲多尿、多食
ステロイド剤は体内の代謝を変化させるため、よく水を飲み、よく排泄し、よく食べるようになります。これらはステロイド剤を飲み始めた犬たちの多くに見られる副作用の一つです。多飲多尿の副作用によって、粗相が増えてしまうなどもよく見ます。

(3)肝臓への負担
多くの物質と同じく、ステロイド剤も肝臓で代謝され、排泄されます。そのためステロイド剤を服用していると肝臓へ負担がかかることがあります。よく見られる異常としては、血液検査で肝酵素と呼ばれる数値、特にALPなどが上昇するなどが挙げられ、ステロイド剤服用中は定期的に血液検査を実施する場合も多いです。

(4)脱毛・皮膚がうすくなる・腹囲膨満
代謝の変化から、外見にも影響を与えることがあります。たとえば毛が抜けやすくなったり、皮膚が薄くなりケガをしやすくなったり、腹部の筋肉が衰えやすくなるためお腹だけぽっこりでてしまったり、といったものです。特に脱毛は特徴的で、身体に対して左右対称に毛が抜けていくことが知られています。


これらがよく見られる副作用として知られていますが、これ以外にも消化器症状が見られる場合もあれば、血栓ができやすくなるなどの状態になることもあります。

副作用をずらっと記載してみましたが、人に比べると犬はステロイドの影響を受けづらいと言われています。これは、体内での代謝経路が違うためです。そのため人よりも気軽にステロイド剤を使用できるといった側面もあります。

一方で、ステロイド剤を服用している間、本来副腎皮質から分泌されている糖質コルチコイドは分泌が少なくなります。
身体はよくできていて、同じ物質ならばきちんと認識して、過剰にならないようにコントールしているんですね。しかし、この状況が長期間続くと、副腎皮質が委縮し、ステロイド剤が体内にない状態でも糖質コルチコイドを十分に分泌できなくなってしまう場合があります。
こういった状態で、ステロイド剤の服用を突然やめてしまうと、体内における糖質コルチコイドの量が足りず、吐き気や血圧低下などを引き起こす場合があり、場合によっては生命の維持に影響がでることもあります。そのため、ステロイド剤の服用を辞める時は、突然ではなく徐々に行うことが鉄則であり、上記のような副作用がでて不安になったとしても、自身の判断で服用を中止するなどは行ってはいけません。

代表的な副作用である上記4つは、ステロイド剤を飲み始めてから短期的に現れることも多く、びっくりすることもあるかもしれませんが、短期的に現れるということは、逆にステロイド剤を辞めれば解消されることも多いことに繋がります。

疾患治療に向き合ってから、ステロイド剤を減らしていくなどの計画は、事前に獣医師の先生から聞いておくとよいかもしれませんね。

おわりに

ステロイド剤について、詳しくお伝えしてみましたが、いかがでしたでしょうか?もともと身体が作っていたものであること、また効果と副作用が表裏一体であること、ご理解いただけると嬉しいなと思います。
こういった効果が広い薬は、診断をしないで使用したとしても、なんだか効いてしまった!ということが多い薬でもあります。
そのため、診断をせずに、とりあえずステロイドを処方、といった治療を行ってしまうことが往々にしてあり得ます。
多くの獣医師はそうでないと信じていますが、副作用が多い薬であることも事実なので、診断がされている状態で服用する、あるいは、仮説段階であってもステロイド剤を使ってよくなったから飲み続ける、ではなく、よくなったから原因はなんだろう?ステロイド剤を減らすことはできるか?など常に考えながら使うべき薬だと思います。
この薬によって多くの病気の犬が助けられています。うまく付き合っていきたいですね。