• コラム
  • 獣医師コラム

2021.07.19

動物病院で使用される犬や猫の麻酔について獣医師が解説。[#獣医師コラム] 

動物病院で使用される犬や猫の麻酔について獣医師が解説。[#獣医師コラム] 

動物病院で何かしらの処置や治療を受けるとき、誰しもが提案されたことのある全身麻酔について、みなさんはどんなイメージでしょうか?多くの方は、目が覚めるか心配…、体に影響が残るのでは…、高齢だからリスクが高いのでは…、などなど、漠然と「怖い」という印象が強いのではと思います。
今回は、犬猫の麻酔について、どういった目的で行い、どんなリスクがあり、どんな薬剤を使っているのか、そのあたりをお話ししてみようと思います。

DOG's TALK

この記事を書いた人 (庄野 舞 しょうの まい)獣医師

この記事を書いた人 (庄野 舞 しょうの まい)獣医師

東京大学 農学部獣医学科卒業。 東京大学付属動物医療センターにて、血液腫瘍科、神経内分泌科、消化器内科で従事。 たくさんのペットの生死を見てきて、共に戦った飼い主さんが最終的に願うのは「食べさせてあげたい」という思いであることに気づく。 現在は、病気予防のふだんの食事のこと~漢方、植物療法の世界の探求に励む。はじめの一歩に漢方茶マイスターを取得。 得意分野は、犬猫の血液腫瘍と回虫。講演なども行っている。

筆者に関する情報はこちら

*1  筆者についてもっと詳しく

*2  これまでの獣医師コラム

麻酔の目的

ヒトが全身麻酔を受けるとき、多くの場合は、何らかの大きな手術を受けるときだと思います。しかし、動物の場合は、じっとしていてね、と伝えてじっとできる生き物ではないので、これら手術に加え、じっとしていてほしいとき、たとえば歯の処置、CT・MRIなどの検査、簡単な局所の手術、こういった時にも必要になります。

麻酔、と聞くと、なんとなく寝ている状態を連想すると思うのですが、この麻酔には大きく分けて3つの役割があります。

 

■意識の消失

人でもそうですが、意識がある状態で手術などを行ってしまったら、不安や恐怖を感じますよね。この不安や恐怖によるストレスを軽減させるために必要なのが、意識の消失です。この役割は、鎮静とも呼ばれています。鎮静は単体の作用として使われることもあり、例えば診察や処置をしたいけど、怖がってしまってさせてくれない犬や猫に、鎮静剤だけを使用して、麻酔まではいかないけれど、触らせてもらう、そういった使い方をすることもあります。

 

■鎮痛


身体にメスを入れるなど、侵襲性の高い手術を行うときには、痛みが伴います。この痛みを軽減させることが麻酔の2つ目の目的になります。痛みというのは一時的な苦痛としても大きな問題になるうえ、痛みを感じると、身体には大きなストレスがかかります。このストレスによる身体全体への影響が、抱えている疾患に対して悪さをしたり、また麻酔をかけ終わったあとの覚醒に影響を引き起こしたりするので、痛みのコントロールはとても大事だと考えられています。

 

■不動化

自分の意識で身体を動かせない状態だったとしても、何らかの刺激によって身体が勝手に動いてしまうことがあります。この現象を反射と呼びますが、検査や手術などでは身体が動いてしまうと困る状況が多いため、これも抑える必要があります。

全身麻酔においてはこの3つの役割を満たしているべきであるという考え方をバランス麻酔と呼び、そのために、役割の異なる薬剤を複数使用することが推奨されています。そのため全身麻酔を行うとき、一つの薬だけを使用する、ということは現在の医療ではほとんどありません。

麻酔のリスク

これらの役割は強ければ強いほど、たとえば心拍や血圧、呼吸といった活動を抑制することにもなりますから、その生き物の生命活動に影響がでます。この影響が麻酔のリスクにつながり、麻酔は常に、役割を十分に果たしていること、そしてリスクが低くなるように調整すること、この2つのバランスが強く意識されています。

 


麻酔のリスクは、それぞれの個体や、その個体が置かれた状況によって変動します。この個体の置かれた状況を分類したものを、ASA分類(American Society of Anesthesiologists 分類)と呼んでいて、麻酔をかける前に、どの分類に当てはまるのか調べることが推奨されています。この分類確認は、身体検査、血液検査、X線検査が基本で、必要によっては超音波検査なども合わせて行われます。健康に見える動物でも、何かしらの疾患が見つかることがあるので、この麻酔前検査はとても重要です。

ここでのポイントは、疾患がなくても、高齢であることや肥満であることがリスクになっている点です。特に肥満については、唯一ペットオーナーのみなさんが予防することができるものですので、ぜひ気を付けたいところですね。

 そして、これらの分類ごとに、それぞれの麻酔リスクが過去データとして分かっています。このリスクを麻酔前に必ず理解しておくこと、そして実際に麻酔を行う際も、薬剤の種類や使用量をこのリスクを加味して検討することが推奨されています。

 

出典:American College of Anesthesiologists physical status

出典:American College of Anesthesiologists physical status

避妊・去勢手術について


避妊・去勢種手術については、本来ならリスクは最低限のClassⅠとされていますが、高齢になると上の分類ではClassⅡとなり、リスクは上がります。そのため若いうちに受けることが推奨されているという側面があります。

また、避妊・去勢手術を行うことは、その後の犬猫たちの疾患リスクを抑えることにもつながります。メスであれば、乳腺腫瘍、子宮蓄膿症、卵巣腫瘍などの疾患などがリスクを抑えられる疾患として代表的で、特に乳腺腫瘍は犬で約半数が悪性腫瘍となる大変やっかいな疾患です。しかし、初回発情前に手術を実施すれば、乳腺腫瘍の予防が99.5%の個体でできるとされており、大変高い予防効果になります。
これが発情を迎えるごとに効果が下がっていき、2.5歳を超えるころには予防効果はなくなる、とされていますので、これも早めの避妊手術が推奨される理由になっています。オスであれば前立腺疾患、会陰ヘルニアなどがこれにあたります。特にオスで、精巣がお腹の中に残留しているような場合は、精巣腫瘍のリスクが一般的なオスよりも10倍高くなるとされていますので、去勢手術が強くお勧めされます。

比較的重症な疾患を予防でき、かつ麻酔のリスクが低くなるため、避妊去勢手術は早く行うことが犬猫のためになると考えます。

全身麻酔の流れ

麻酔のリスクが分かったところで、実際の麻酔の流れを見てみましょう。

■麻酔前投与

犬たちの意識を完全に消失させる前に、筋肉の弛緩、および、先回りして鎮痛薬を投与します。この時に使用する薬剤でよく使われるものは、アトロピン、ブトルファノール、メデトミジンなどが挙げられます。

■麻酔導入薬の投与


麻酔前投与にてリラックスした犬に対して、強い鎮静・催眠作用のある薬を投与します。一般的な薬に、プロポフォールと呼ばれるものがあります。この薬剤は投与後すぐに麻酔状態に誘導できます。

■気管チューブの挿管

犬猫の麻酔では、多くの場合は自発的な呼吸を止めて、人工呼吸に切り替えます。人工呼吸のメリットは、麻酔による自発呼吸の抑制リスクを抑えられること、また自発呼吸よりも身体の動きが少なく手術や検査がしやすいこと、そして、呼吸を人工的にコントロールできるため、必要な酸素や吸入麻酔薬を効率よく犬猫たちに送れることが挙げられます。そのため、完全に意識が消失し、反射も弱くなった状態で、犬の気管にチューブを挿入する作業を行います。このチューブを体外の麻酔ガス機器につなげます。

■手術・検査

気管チューブが麻酔ガス機器に設置されたら、今度はその機器から吸入麻酔薬を持続的に投与します。現在、動物医療で使われているのは、イソフルランという薬がほとんどで、この薬は覚醒が早いのが特徴的です。

■覚醒

手術が終了したら、ただちに覚醒に移ります。覚醒の際は、吸入麻酔薬の投与を停止し、麻酔前投与薬の効果を打ち消してくれる、拮抗薬の投与を行います。これにより鎮静・催眠効果が弱くなり、意識が戻ってきます。覚醒後も、手術や検査の種類によっては、継続して疼痛管理は行っていく必要があるので、鎮痛薬を与えることもあります。

■モニタリング

この一連の麻酔の流れの中で、常に行うのがモニタリングです。犬猫の麻酔モニタリングでは一般的に、心電図、動脈血中酸素飽和度、血圧、呼吸数、呼気中の二酸化炭素量、体温などを持続的に計測し、メモをとることが推奨されています。

今回ご紹介したのは一般的な麻酔の流れであり、これをベースに、ASA分類や、それぞれが持つ疾患、身体の状況によって、薬剤や使用量を変更していくことが大事になってきます。

おわりに

全身麻酔においてどんなことが行われているか、なんとなく想像ができたでしょうか?今までご紹介した通り、麻酔は使用する薬の種類も多いので知識も必要ですし、麻酔中に起こる何かしらの変化に対する対応力、またそれに対応するための技術力が必要、とよく言われています。リスクをゼロにすることはできないものなので、手術や検査のメリットと天秤にかけ、信頼できる獣医師の先生にお願いしたいですね。