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2023.10.12

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.31 4匹の漢(おとこ)たち - 犬連れキャンプの夕べ

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.31 4匹の漢(おとこ)たち - 犬連れキャンプの夕べ

写真・文 内村コースケ

犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。

男だけのキャンプ

僕はかれこれ10年以上、都会を脱出して信州の高原で暮らしている。学生時代には少しだけ登山を齧ったし、今も渓流釣りなどをする。だから、昨今の「ソロキャン」「オートキャンプ」などのワードに象徴されるアウトドアブームに乗っかっても良いところなのだが、イマイチ乗り気ではなかった。

山間部にある自宅の暮らしが、既に山小屋生活のようなものだから、ということもある。便利な道具を車に満載して整備されたオートキャンプ場に行って、苦労してテントや食卓周りを設営して、翌朝すぐにまた撤収という流れが、どうもメンドくさくも感じる。一方で「それは食わず嫌いではないか」、という予感もあって、本当はキャンプに行きたい気持ちを抑えているヒネクレ者だという自覚がなかったわけではない。何より、キャンプは犬と一緒に楽しめるレジャーの王様のようなものではないか。

そんな折に、アウトドア系書籍のための撮影依頼があった。事前にちゃんと最近のキャンプ事情を経験しておかなければ、良い写真は撮れないだろう。そこで、毎週のように犬連れでキャンプをしている友人にお願いして、同行させてもらうことにした。ようやく残暑がやわらいできた9月の土曜日に、富士山麓のキャンプ場に1泊。参加者は、ウエスト・ハイランド・ホワイト・テリア(ウエスティ)の「デデ」、その飼主のHさん、車やアニメが大好きな食通のOさん、僕の「漢(おとこ)」4匹だ。

オスの先住犬への気遣い

僕より一回り年上のHさんは、奥さんと「デデ」、その妹分のメスのウエスティ「にこ」と暮らしている。週末のキャンプには家族みんなで行くことが多いが、時にはデデと2人、「男だけの週末」を楽しむこともある。多頭飼いの場合、飼い主の愛情を独り占めする「一人っ子」の経験がある先住犬に対する気遣いが必要だ。普段はおしゃまな「にこ」に押され気味な、おっとり系のデデにとっては、パパと過ごす「漢の時間」は良い息抜きになっていることだろう。

みんなで作って、食べて飲んで

日没直前に遅れてキャンプサイトに着くと、ありがたいことに、既にHさんとOさんの手でタープの下に食卓や調理器具が設営されていて、晩餐が始まるところだった。それぞれが食材を持ち寄って、気ままに調理して分け合い、酒を飲む。登山や野宿旅の「野営」では、食事はできるだけ簡素に済ますが、こうした週末のレジャーキャンプでは、「メシ」と「酒」が主役だ。

気心が知れたメンバーだったせいもあって、いつもの飲み会の場が、都会のお店から屋外に移ったような感じ。涼しい林間の夜風とランタンの黄色い光が心地よい。騒音に弱い僕は、実は居酒屋なんかでの飲み会は苦手なのだけど、自然の中では心置きなく飲んで食べて話すことができた。話題は、共通の趣味のカメラ、車、模型、音楽、映画やアニメの話。デデはそういう話をしている時はデッキチェアで寝ているが、犬の話題になると、「ぼくの話?」とピクリと耳をそば立てる。

メインディッシュは、食通のOさんが最近食べ歩いた店の味を再現・発展させた中央アジア風のラムの串焼き、煮込みスープなど。気の利いた料理などとても作れない僕は、家の畑で採れたジャガイモを適当にスライスしてフライパンで揚げ、塩とモルトビネガーを振ったナンチャッテなイギリス風チップス(フライドポテト)を提供した。

僕らが作って食って飲んで話している横で、気持ちよさそうに寝ているデデ。時々、おこぼれをもらえる気配を感じると、ムクッと起きておねだりするのがかわいい。

犬がそこにいるだけで「至福の空間」に昇華する



デデは自分のごはんを食べたら、夜風に吹かれてまたスヤスヤ。かわいい寝息を聞きながら、おじさんたちの趣味の話は続く。Oさんが最近作ったマニアックな艦船模型のお披露目なんかもあったりして、宴はますます心地よくヒートアップする。犬と出かけて一緒に何かをするのも楽しいけど、こうして無垢な存在がただそこにいてくれるだけで、「楽しい時間」が「至福の空間」へと昇華する。





街の飲み会と違うのは後片付けを自分たちでしなければいけないこと。「それもまた楽し」と言えるようになればホンモノなのだろう。デデは既にそれが分かっているようで、テントサイトから少し離れた洗い場までついてきて、僕らが洗い物をしている間、真剣な表情で周囲を見張ってくれていた。熊さんなんかがきたら、大変だもんね。

寝て、出して、また食べて寝る



翌朝、早起きデデの「テントから出して攻撃」に眠い目をこすり、まずは排泄散歩。テントサイトに戻って、コンロでパンを焼き、ハムとチーズとレタスを挟んで食べた。デデはごはんを食べたら、手をなめたりしながらトロンとまどろみ始める。休日の二度寝ほど気持ちの良いものはないもんね。

食べて語らい、寝て、出して、また食べる。どんなに人類の文明が進んでも、「生きる」とは結局、生物としてのプリミティブな営みの繰り返しだ。それこそが幸せの正体なのだと、デデはよく分かっている。







■ 内村コースケ(写真家)

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒。中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験後、カメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)正会員。