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2024.05.16

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.38 愛犬と過ごした美しくも儚い「桜の季節」

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.38 愛犬と過ごした美しくも儚い「桜の季節」

写真・文 内村コースケ

犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。

「愛犬と過ごした日々」に重なる「桜の季節」

日本の桜前線は3月後半から北上を始め、ゴールデンウィーク頃にゴール地点の北海道などに達する。僕たちが暮らす長野県の高原地帯も、桜の季節のフィナーレを飾るのが常だ。この記事が掲載されている頃には、全国の人々が今年の桜をそれぞれの思い出とともに振り返っていることだろう。

一斉に花をつけ、10日ほどで散ってしまう桜は、「儚いからこそ美しい」とよく言われる。ポツポツと蕾がふくらんだと思ったら、一気に咲き誇り、桜吹雪で見事な散り際を見せる。そこには、日本人に受け継がれてきた侘び寂びを尊ぶ美的センスが凝縮されている。私たちは桜を見て、自らの儚い人生に思いを重ねる。そして、文明・文化の発達で世界がつながった今、そうした桜への思いは世界中の人々の間で共有されつつある。

我々愛犬家にとっては、桜の季節はひときわ特別だ。目を閉じれば、愛犬と一緒に見た「あの時の桜」がその時々の思い出とともによみがえってくる。子犬と過ごした「始まりの季節」、関係が熟した頃の穏やかな日々、そして、最後に一緒に見た桜・・・。人よりも長く生きられない愛犬と過ごす日々は、美しくも儚い桜の季節に似ている。



ルカと一緒に見た「始まりの桜」

桜はさまざまなイメージを想起させるけれど、入学式や新学期に象徴される「始まりの季節」が、最もストレートな印象ではないだろうか。僕は今年の桜の季節を、昨年秋に我が家に来たラブラドール・レトリーバーの「ルカ」と初めて迎えた。ルカは、アイメイト(公益財団法人「アイメイト協会」出身の盲導犬)の不適格犬。少々落ち着きに欠ける性格などからアイメイトにはなれなかったが、優しく明るい性格で、家庭犬として僕たちに最高の日々をもたらしてくれている。3歳のルカにとっては、今年は家庭犬としての新たな日々を象徴する桜となったことだろう。









そして、飼い主の僕たちにとっても、今年は「始まりの桜」となった。昨年の桜は先代の「マルコ」と一緒に見たが、その半年後の紅葉の季節に、マルコは僕たちのもとを去ってしまった。でも、ルカのおかげで心に寒風が吹き抜ける冬を乗り越え、再び桜が咲く頃には悲しみから立ち直ることができた。ルカと初めて見た今年の桜は、キラキラと輝く思い出としてずっと心に残るだろう。



犬も桜に儚さを感じる?

愛犬とのきらめく日々は、やがて散りゆく桜のように儚いものだということを、僕たち人間は知っている。犬はどうだろうか?ルカも、桜を見てふと遠い目をしたり、憂いを帯びた目でこちらを見ることがある。それは、あまりにも人間の感覚に寄り過ぎたセンチメンタリズムなのだろうけど、犬も本能的になんらかの儚さを感じているように思えてならない。









とはいえ、若いルカにとっては、桜の儚さに思いを馳せるよりも、目の前の日々を全力で生きることに忙しいことだろう。花見に行っても、足下の桜の花びらやたんぽぽの花をむしゃむしゃと食べてしまうやんちゃぶり。そんな「花より団子」な桜の季節が、来年以降もしばらく続きそうだ。







歴代の犬たちと見た桜

先に書いたように、去年の春は先代の「マルコ」と過ごしていた。Vol.26<3本脚のリタイア犬と共に迎えた浅間山麓の春>で紹介したマルコと見た最後の桜もまた、一生忘れることはないだろう。亡くなった犬と一緒に見た桜は、胸を締めつけられるほどの美しさでよみがえってくる。マルコが来る前に我が家にいたフレンチ・ブルドッグの「マメ」をはじめ、これまでに一緒に過ごしたすべての犬たちと見た桜も、記憶の中で儚くも美しい姿に昇華されている。









桜のように再生する犬たちの愛

一緒に最後に見た「別れの桜」の記憶は確かに悲しいけれど、季節は繰り返し巡ってくる。桜は何度でも再生する「希望」の象徴でもあるのだ。過去の桜の季節の写真を振り返ると、歴代の犬たちを「あの時と同じ桜」と撮っていることに気づく。犬が私たちに与えてくれる無償の愛は次の代に引き継がれ、桜の花のように無限に循環していく。













GW中、ルカはボストン・テリアのパピー、「トット」と一緒に今年最後の花見を楽しんだ。トットちゃんもまた、先代犬から愛を引き継いだばかり。その日は夏を感じさせる暑さで、高台の公園にある桜のほとんどは散り始めていた。そんな中、しだれ桜の木陰で休むトットちゃんとルカの周りの桜の木だけが、風に揺れながら優しげな花を保っていた。



■ 内村コースケ(写真家)

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒。中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験後、カメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)正会員。