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2019.04.08

春の犬の昔話 "花さか爺さん"から見る、犬が与えてくれる幸福。【selfishな歴史犬聞録】

春の犬の昔話

日本の春を象徴する花といえば桜ですよね。犬たちとのお散歩の途中、見上げた先に広がる満開の桜に、不思議と心を動かされます。心なしか、なんだか犬たちもちょっぴり感慨深そうに見えたり…。

さて、この犬と満開の花、というモチーフから思い起こされる昔話といえば、花さか爺さんですよね。犬たちが辛い目にあってしまう場面も含まれていますが、犬たちが正直者のおじいさんたちに大きな幸せをもたらしてくれるお話です。

実は、この花さか爺さんの昔話は、日本国内でもその話のいたるところに小さな違いがあることは、ご存知でしょうか?
そして、その違いや伝承の成立を調べてみると、日本の伝統的な暮らしや犬との日本人の付き合い方が少しだけ、見えてくる気がします。

皆さんも、子供の頃に聞いたお話を思い出しながら、読んでみてくださいね。

花さか爺さん~前半の話のあらすじ~

むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
 正直な、人のいいおじいさんとおばあさんどうし、子どもがないので、犬のシロを本当の子どものようにかわいがっていました。
シロもおじいさんとおばあさんに、それはよく懐いていました。
 この家のお隣にも、おじいさんとおばあさんが住んでいました。しかし、こちらはというと、欲ばりのおじいさんとおばあさんで、いつもいじの悪いことばかりしていました。

 ある日、正直おじいさんがいつものように畑仕事をしていると、シロも一緒についてきて、何かを探すようにそこらをくんくんかぎまわっています。
ふと、おじいさんのすそをくわえて、畑のすみの、大きな木の下までつれて行くと、前足で土をかき立てながら、
   「ここほれ、ワン、ワン。
    ここほれ、ワン、ワン」
と鳴きました。

「どうしたんだい、シロ」
と、普段は大人しいシロの、いつもとは違う様子に驚いたおじいさんでしたが、その場所を掘り返してみると、かちりと音がして、穴のそこできらきら光るものがありました。
ずんずんほって行くと、小判がたくさん出てきました。おじいさんはびっくりして、大きな声でおばあさんを呼びたてて、えんやら、えんやら、小判をうちのなかへ運び込みました。
 正直なおじいさんとおばあさんは、お金持ちになりました。

正直おじいさん夫婦とシロの出会いから分かること

皆さんもご存知の花咲かじいさんの前半部分をご紹介しましたが、実は地域によっては、シロとおじいさんたちの出会いを描いた表現が残っている地域もあります。

・川から桃が流れてきて、その中から子犬が生まれる(東日本)
・木の根から子犬が産まれてくる(東日本)
・川から流れてきた重箱の中から子犬が出てくる(東日本)
・おじいさんが川や海の神様である竜神から褒美として子犬をもらいうける(西日本)

特に、一番上に紹介した「川から流れてきた桃の中から生まれる」というのは、桃太郎と全く同じ誕生の形です。
今回紹介したシロとおじいさんたちの出会いの中からは、いずれも「水」や「自然」というキーワードが浮かび上がってきます。
日本は稲作を元にした文化が発展してきた土地ですから、富に直結する稲作を行うためには「水」はとても重要な要素でした。そんな「水」を象徴する神の使いとして、シロはおじいさんたちのもとへやってきたのです。

正直じいさんたちの家にやってきたシロの様子

さて、正直じいさんたちとの生活を始めた子犬のシロの成長の様子が、現代に残っている昔話ではカットされてしまっています。江戸時代などに成立した絵本や、地方の伝承の中にはどんどん大きくなっていくシロの様子が残されています。

「茶碗で食べさせれば、茶碗くらい。どんぶりで食べさせれば、どんぶりくらい。あるいは、飯を一杯食べさせると一歳、二杯食べさせれば二歳…」と、すさまじいスピードで成長していきます。
桃太郎やかぐや姫もそうなのですが、特殊な力を持った存在は成長が特別早いのも昔話の特徴です。

とはいえ、実際の子犬の成長速度もすさまじいもの。「食べれば食べただけ大きくなる気がする…」「いや、食べた以上に大きくなってる…」なんてこともありますよね。

実際、昔は犬たちの成長は、「茶碗で食べさせれば、茶碗くらい。どんぶりで食べさせれば、どんぶりくらい大きくなる」なんて表現で表されていたのかもしれませんね。

シロがもたらしてくれたものとは。

成長したシロがおじいさんに富を与える、という流れの中で印象的な場面が「ここ掘れ、ワンワン!」と吠える場面。お散歩などに行くと、犬たちの中には何となく柔らかそうな土を見つけると「ついつい掘りたくなってしまう…!」という犬もいますよね。
シロの場合、おじいさんの畑仕事についてきて、柔らかな畑の土を掘り返して、金銀財宝、大判小判を見つける大手柄を立てるのですが、実はこれも地域によっては別の方法でおじいさんに富をもたらすパターンがあります。

それは、おじいさんと一緒にシロが山に行くと、シロが「谷の鹿も駆けて来い、山の鹿も駆けて来い」と吠えるというもの。すると、どこからともなくたくさんの鹿がおじいさんとシロの前に現れ、それを協力して狩り、一躍おじいさんは狩りの名手となる、というお話。山間部ではこのタイプの伝承が残っていることがあるのだそうです。

日本人は伝統的に、平地などであれば、畑や稲作を中心とした農耕生活を送っていました。そこでの犬たちの役割は、畑を荒らす動物たちを追い払ったり、番犬として蔵を守ったりといったもの。一方で、山間部では狩りの大切なパートナーとして、犬たちは大切にされてきました。

花さか爺さんに出てくるシロの行動によって、日本では犬たちがどのように人々の暮らしに貢献してきたのかが、少し見えてくるような気がしますね。

おわりに

花さか爺さんは、花と犬をモチーフとした昔話の代表として、多くの人々に親しまれていますが、実はたくさんのパターンがあり、その由来も海外のさまざまな神話や伝承を基にしていると考えられています。それらの海外のお話を、日本人が自分たちの暮らしの中に消化して取り込んだ結果、今のような昔話が生まれたのです。

花さか爺さんの物語では、可愛いシロは途中で亡くなってしまいますが、最後には姿を変えて、見事な花を咲かせ、おじいさんやおばあさんだけでなく、村の人も、大名様までも幸せにしてくれる存在です。
犬たちとの暮らしは、昔話や伝承のような金銀財宝は手に入らなくても、何物にも換えがたい幸福な時間をもたらしてくれますよね。
毎年のように咲き、見事な春の景色を演出してくれる桜ですが、犬たちと一緒に見られることで、より一層特別な幸せを感じさせてくれます。
金銀財宝よりも、シロとのかけがえのない時間や生活の幸せこそが、花咲かじいさんにとっての一番の幸福だったのかもしれません。