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2019.10.17

江戸時代にはどんな犬がいたの?南総里見八犬伝の「八房」と「唐犬」のおはなし【#selfishな歴史犬聞録】

江戸時代にはどんな犬がいたの?南総里見八犬伝の「八房」と「唐犬」のおはなし【#selfishな歴史犬聞録】

江戸時代後期に書かれた読本の大作・南総里見八犬伝。現代よりも娯楽が少なかった当時、江戸の人々には大人気の作品となった八犬伝は、最初に第一回が出版されてから完結までに実に28年間を要した長期連載でした。
作者の曲亭馬琴は、八犬伝の出版本に入っている挿絵や描写にも非常にこだわっていることから、馬琴が思い描いていたさまざまなイメージを読み取ることができます。
今回は、物語序盤の重要な鍵となる「犬」、八房という犬の姿と江戸時代の犬たちについてご紹介します。

南総里見八犬伝の八房とは

南総里見八犬伝の物語の発端となる犬、八房は大変勇敢な性格をした犬として描かれています。もともとは一般の家庭で育てられていた犬なのですが、八房は子供の頃に母犬を亡くし、代わりにタヌキに育てられていた、という描写があります。現代でもたまに猫が子犬を育てたり、子猫を犬が育てたりする様子が報道されることがありますが、この頃でもやはりかなり珍しい現象だったようです。
特別な生い立ちを持つ八房は、やがて武士の家で飼われることになりました。八房が暮らしていたとされるのは戦国時代のこと、勇敢な八房もお供として主人に従って戦うことになります。八房は、戦の最中で敵将を討つという大戦果を挙げ、主人の娘・伏姫と遠くの山の中で暮らし始めます。

勇敢な八房と武将の娘である伏姫の魂を受け継いだ日本中に散らばる犬士たちが、困難に立ち向かったり仇討ちをしていくことで、物語は展開していきます。
物語の発端となった八房ですが、この八房の姿を江戸時代の犬事情と照らし合わせて考えて見ましょう。

八房の姿についての描写

南総里見八犬伝の作者である曲亭馬琴は知識人として知られ、現代で言うところのロケハンなども熱心に行いこの作品を書き上げたことが知られています。(作品のあとがきにあたる部分では、実際に物語の舞台になったところを訪れた際のことを細やかに残しています。)

そんな曲亭馬琴が残した八房の姿はどのようなものだったのでしょうか?

「骨太く、眼鋭く、高さは常の犬の倍にして、垂れたる耳、巻きたる尾、愛すべく」とその姿を描写していました。
つまり、八房はしっかりとした体格で、眼は鋭く、体高は普通の犬の倍ほどあり、垂れ耳で巻き尾を持っていながら愛らしい……という姿をイメージしていたようです。
日本に古来から存在していた犬は、現代の柴犬ほどの大きさの立ち耳のものが多かったといわれています。もともと日本にいた犬たちと比較して、八房の体高が倍だったと考えると、現代の分類で考えても、大型犬に含まれる大きさだったのではないでしょうか。そして、巻き尾は日本土着の犬にも見られる特徴ですが、耳は垂れていたとされています。

南総里見八犬伝には、挿絵も添えられており、この挿絵にも馬琴はかなり強いこだわりを持っていたと言われていますが、残念なことに馬琴の描写にぴったりと合致する挿絵は見当たらないようです。

こんな現象がなぜ起こってしまったのでしょうか?

江戸に西洋の犬たちがやってきた

江戸時代の日本にはもともと日本に存在していた日本犬のほかにも、中国やヨーロッパからも犬たちが輸入されるようになっていました。戦国時代の末期頃、天正遣欧使節団の派遣が行われるなど、キリスト教の浸透と合わせるように西洋風の文化が日本にも取り入れられるようになっていました。
この頃から日本でも見られるようになってきたもののひとつが、ヨーロッパ原産の犬たちの姿でした。

江戸時代に入ると、当時のヨーロッパで貿易を行っていた会社の史料の中に、大名たちへの贈り物として「マスチフ、ウォータースパニエル、グレイハウンド」といった現代にも繋がる犬たちが日本にやってきたという記録も残されています。これらの犬たちは「唐犬(からいぬ)」と呼ばれ、たびたび絵のモデルとして登場することも出てきます。
しかし、唐犬の存在が知られていたのは将軍や大名の飼い犬といったごく一部でのことで、一般の人々にはまだまだなじみが薄い存在だったようです。

曲亭馬琴はこれらの唐犬の姿を見たり、絵を通して垂れ耳の犬たちの存在を知るようになったことから、特別な力を持った八房の姿をデザインしたのかもしれませんね。

DOG's TALK

日本にやって来た唐犬たちは、大名の家で飼われたり、出島などのごく一部の地域で見かける程度であり、まだまだ庶民にはイメージしにくい存在であったことから、庶民の娯楽である読本では唐犬を元にした姿ではなく、日本に昔からいる犬たちの姿で描かれたのでしょう。
それに、自分の家にもいるような犬たちが活躍する物語の方が、より身近に、そして楽しく読むことができるという考えもあったのかもしれませんね。