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2024.06.20
Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.39 「散歩道の開拓」が「犬がいる生活」のQOLを上げる?
写真・文 内村コースケ
犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。
一本くるみの散歩道
先日、一本のクルミの木がスクっと立つ、気持ちのいい散歩道を見つけた。浅間山と八ヶ岳、遠く北アルプスを望む丘の上。強風が吹き抜けるたびに、大木の枝が生きているようにゆらゆらと揺れる。エミリー・ブロンテの『嵐が丘』の舞台になったイングランド北部の丘陵地帯を思い起こさせる。
木に向かって、畑の間を小型のトラクターがやっと1台通れるような道が続いている。この道を辿っていくと、農地の間に池が点在する丘一帯を、ぐるっと巡ることができる。ゆっくり歩いて小一時間。犬と歩くのに絶好の散歩道である。
イギリスには、田園地帯や古い町並みを巡るFoot path(フットパス)と呼ばれる散歩道が数多くある。多くは新たに整備した道ではなく、既存の道を生かして散歩に適したコース設定をしたものだ。近年、日本でもこれを広めようという動きがあり、地方の農道などを歩いていると、フットパスを示す看板が立っていたり、観光案内所で地図を配布している。この「一本くるみの散歩道」も、事前にそうと知って来たわけではなかったのだが、その一つだった。くるみの木からしばらく歩いていくと、散歩コースを示す看板が立っていた。
地元の人との触れ合いも
看板の地図を参考に、歩を進める。「ぜっけいウォーク」と名付けられている通り、とても景色がいい。ほとんど人や車とすれ違うことはなく、安全に犬と歩けるのも良い。時折、農作業をしている人と挨拶を交わすが、皆とてもフレンドリーだ。
観光地ではない田舎道や住宅地を歩いていると、見知らぬ顔が不安感を与えてしまい、気まずい感じになることも多いが、ここではそういうことはなかった。きっとフットパスの設定をしていることで、地元の人も外部の人を受け入れやすくなっているのだろう。加えて、傍らにいる犬が、皆を笑顔にさせる。僕はよく一人でもカメラを肩から下げて街歩きをするが、犬がいるのといないのでは緊張感がまるで違う。
この散歩道でも、畑仕事をしているおばさんが声をかけてきて、「余ったの。捨てるのももったいないから」と、ネギの苗をたくさんくれた。そして、傍らの『ルカ』にもオヤツをいっぱいくれた。そこから少し歩いたところでは、お父さんと散歩中のその家の老犬に出会い、ルカに鼻をくっつけて挨拶してくれた。
人々の生活の中にある美しい散歩道
老犬と出会った場所から池のほとりを回ってしばらく進むと、一本くるみに戻ってきた。緑豊かで安全な散歩道というと、日本では特に公園などの用意された場所に限られてしまいがちだ。ここのように人々の生活の中にある美しく静かな散歩道は、とても貴重だと思う。
最後に、くるみの木のたもとで風に吹かれながらしばし休憩。5月の高原のさわやかな空気をいっぱいに感じた、気持ちのいい休日になった。
マップで目星をつけてGo!
もともと散歩が好きな僕は、散歩をいかに楽しむかが、「犬がいる生活」の質を左右すると思っている。犬自身にとっても、家の周りの同じコースばかり歩いているよりも、いつもと違う道、それも今回紹介した「一本くるみの散歩道」のような、開放的で気持ちのいい所を歩いた方がずっと楽しいはずだ。
とはいえ、これまでに一緒に暮らした犬たちを見ていると、そこは犬の個性や健康状態によってさまざまではある。いつもの同じ散歩道でもグイグイと楽しそうに引っ張り気味に歩く犬もいたし、初めての場所・たまにしか来ないお気に入りの場所ではしっぽをブンブン振って歩くけれど、家の周りのワンパターンなコースでは、「早く家に帰りたい」とか「もっと先に進みたい」と、歩くのをボイコットする今のルカのような犬もいる。
そんなわけで、僕は「新しい散歩道はないか」と、常に頭の隅でアンテナを張っている。一人で出かけた時に、良さそうなところに偶然出会って、下見してから犬を連れてくることもある。最近はGoogle Mapを活用することも多い。周遊できそうな湖・池や自然公園、あくまでたとえだが、下の画像のような興味を引くランドマークを見つけたら口コミやブログの訪問記を参考に、周辺を犬と歩けそうであれば実際に行ってみる。
行ってみたらつまらなかった、安全に歩ける道がなかったといったこともないわけではないが、不思議とたいていは楽しめる。できれば冒険心を煽るフットパス的なリアルな道の方が僕は好きだ。とはいえ、そういう所は簡単には見つからないので、未知の公園や遊歩道にも目を光らせている。
そうして新たに発見した道を歩くにあたっては、気をつけなければいけないことがいくつかある。当然のことながら、知らない道では、いつも以上に交通事故には気をつけなければいけない。また、特に市街地や農村地帯などの人々の生活の場では、現地の人の迷惑にならないように。今話題の“富士山ローソン”のように、観光客らのマナー違反が重なって「禁止」になる例が後を絶たない時代なだけに、細心の注意を払わなければならない。
そして、日本の場合は特に、たとえ公園や自然の中の遊歩道であっても犬の立ち入りを禁止しているところが多いので、注意が必要だ。中には我々愛犬家からすれば禁止の理由が不明瞭だったり理不尽だったりする場合もあり、納得がいかないことも多々ある。ただ、僕の場合は、理由はさておき、そこでは犬が歓迎されていないことには変わらないのだから、そんな場所に執着せず、黙って避けることにしている。でも、「犬に対する好き嫌いはあって当然だ。そのうえで、日本も犬と人を対等に扱う社会になってほしい」という思いもあって、長年ジレンマを抱えながら犬と散歩しているのも事実だ。
いつかは夢のキャンピングカー
こうして見つけた散歩道へは、僕の場合は車で近くまで行く。そこで疑問がわいてくる。車がない人は、自宅の周り以外を犬と散歩する時、どうやって現地まで行くのか?小型犬を自転車のかごに乗せている人は見かけるが、ドイツなどでは、大型犬でもそのまま公共交通機関に乗せることができる。日本でもキャリーバッグに入れるかカートに乗せれば乗車できるのだが、小型犬ならばそれがある程度現実的な選択肢なのかもしれない。
先日は、群馬県の碓氷峠にある「めがね橋」で、猫をカートに乗せて散歩している人に出会った。「めがね橋」は、旧信越本線の線路跡に整備された「アプトの道」という遊歩道の中心にある明治期の鉄道遺産だ。「猫はいつも家の中だけなので、たまにこうして連れ出しています」と、飼い主さん。ここまでは、新潟県から車で来たという。僕の場合は、車であちこちに散歩に行くとはいっても、せいぜい片道1時間の範囲内だ。もう少し余裕ができたら、こんな遠征も日常的にしてみたい。
さらには、本当は犬と一緒にどこまでも遠くへ行ってみたい。できることなら、そのまま海を超えて世界中の散歩道を開拓したい。それが無理なのは分かっているが、現実的な答えは「キャンピングカー」だろう。いつかは犬と一緒にキャンピングカーで日本中を巡る生活をしてみたい。昔から思い続けているその話は、また別の機会に本連載で取り上げたいと思っている。
■ 内村コースケ(写真家)
1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒。中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験後、カメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)正会員。