- コラム
- フォトエッセイ
2025.05.21
Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.50 日本が目指すべきは、イギリス的なペット共生社会?
写真・文 内村コースケ
犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。
「ペット禁止社会」の逆転はあるか?
この原稿を書いている4月28日時点で、早い人は今年のゴールデンウィークを楽しんでいます。今はインバウンドの拡大でどこの観光地も混んでいますが、今年は体感的に、外国人観光客ばかりでなく、日本人のレジャー客も目立って増えているような気がします。物価高、なかなか上がらない賃金、トランプ関税と私たちをとりまく経済情勢はますます厳しくなっていますが、働き方や人々の価値観の変化も絡みつつ、経済的な側面からだけでは測れない総合的な豊かさはなんだかんだで拡大しているのではないか、と僕は思います。
そんな中にあっても、日本社会のペットをとりまく環境には、まだまだ豊かさが足りないのではないでしょうか。2020(2021)東京オリンピックに際して、補助犬用のトイレの設置に関するシンポジウムがあり、登壇者の一人が日本は諸外国と比べて「ペット禁止社会」だと言っていましたが、全国各地で「犬禁止」の看板に行く手を阻まれてきた僕としては、言い得て妙だと思いました。
僕は子ども時代をカナダとイギリスで過ごし、今の仕事をするようになってからドイツの犬事情を現地取材したことがあります。その経験から、今の日本は原則が「ペット禁止」な一方で、ドッグランやドッグカフェなど海外にはあまりないペットウェルカムな施設はそれなりに充実していると思います。反対に、ドイツやイギリスは日本で言う「ペットOK」が普通で、例外的に入場できない場所や制限があるというふうに僕は思っています。つまり、日本でも、ドイツなどのようにほとんど障害なく大切な家族と一緒に外出を楽しめるようになるには、価値観の逆転が必要ということです。即ち「ペットOK」「ペットフレンドリー」という概念自体がない社会への転換です。それが不可能だとは思いませんが、大変長い時間を要するでしょう。あきらめずにそこへ向かう努力をしつつ、短期的視点ではペットに対する寛容さがもう少し拡大すればいいな、と思います。
ロンドン中心部のリージェンツ・パークで。日本では全域または芝生内ペット入場不可の公園が少なくないが、イギリスの公園では犬連れの人と犬、犬を連れていない人、鳩などの動物がナチュラルに共存している
居場所を「分ける」イギリス的共存社会
ベルリンのブティック(左)で、飼い主と一緒にノーリードのまま店内に入る大型犬。一方、ロンドン郊外のマクドナルド(右)では、犬は店外で子どもたちと一緒に飼い主を行儀よく待っていた
しばしば“犬先進国”の例として挙げられるドイツとイギリスですが、それぞれに少し事情は異なります。僕が見てきた限りでは、ノーリードで自由に散歩しているよく躾けられた犬が多く、公共交通機関にも普通に犬と一緒に乗れたり、日本のように「犬禁止」の看板があちこちにないのはどちらも一緒ですが、ドイツは市街地でもノーリードで「どこへでも一緒に入る」飼い主さんが目立つのに対し、イギリスはノーリードの犬を目にするのは公園や田舎道がほとんどで、レストランなどには一緒に入らない選択をする人が多いように見受けられました。
ドイツ映画での犬の描かれ方を観察したり、実際に犬がいるご家庭を訪問したこともあるのですが、ドイツは人々の暮らしの中に、「空気のように当たり前に犬がいる」イメージです。一方、イギリスは、これは犬云々というより子ども時代に暮らした実体験からの体感ですが、大人と子ども、あるいは上流階級と労働者階級など、その人の属性によって居場所を緩やかに分けている社会だと感じました。たとえば、僕は10代前半だった当時、しょっちゅうクラシックのコンサートを聴きに行っていた(当時のロンドンは一流の演奏をとても安く気軽に聴けた)のですが、そのほとんどは静寂な大人の空間で、子ども一人で来ていたのは、ほぼ日本人である僕だけでした。ただし、若い人向けに安いアリーナ(立ち見席)を用意しているコンサートを夏の間中開催しているなど、特定の場所を一定の人たちが独占したり締め出したりするわけではなく、それぞれに相応しい場所を設けて、「分ける」傾向が強かったように思います。
犬に関しても、「犬は大事な友だちで共存すべき存在」という大前提のもと、ある程度の棲み分けは必要だと考えている人が多いと感じています。そして、個人的には、このイギリス的な価値観の方が、同じ島国でどちらかというと内向的でローカルな文化的背景が色濃い国民性に共通点が見られる日本人のメンタリティに合っているのではないかと思います。現在のイギリスが日本より一足先に多民族・多文化国家になっているのも、これからは犬に関することでも異なる価値観を包容しなければいけないという点で、近い将来の参考になるでしょう。
ロンドンの公園の一角の子ども向けのプレイグラウンドの入口で。特に犬の入場を禁止しているわけではないが、この時中に入ったのは飼い主の親子だけで犬はゲートの外で待機していた
ロンドン郊外で、「NO CYCLING」の表示がある遊歩道をノーリードで歩く犬と飼い主。自転車が来ない安心感が犬と人の表情から感じられた
“群馬の英国”がドッグフレンドリー度を増してリニューアルオープン
日本でも、ドッグランがあちこちの公園に設けられ、少しずつ「ペットOK 」のテラス席やペットと一緒に楽しめるレジャー施設も増えてきて、「締め出す」だけでなく、「分けて受け入れる」動きが広がっているのは確かです。冒頭と下の写真も一見イギリス旅行のスナップに見えますが、実は日本国内の光景です。
ここ「ロックハート城」は、もともと英国・スコットランドにあった19世紀のカントリー・ハウス(英国貴族の農村の邸宅)で、1993年にほぼ完全な形で群馬県高山村に移築されました。ウィリアム・ロックハート伯爵の居館だったことから「ロックハート・ハウス」と呼ばれていましたが、群馬でテーマパーク「ロックハート城」として生まれ変わったのです。
本場の“お城”を背景にしたコスプレ撮影や映画・ドラマのロケに人気の施設なのですが、私たち的に最も嬉しいのは、建物内を含めほとんどの場所にペットと一緒に入れることです。以前に一度先代犬の「マルコ」(ラブラドール・レトリーバー)と来たことがあるのですが、この春、さらにドッグフレンドリー度を強化してリニューアルオープンしたとのことで、再訪しました。今回は、パピヨンの「コロン」(14歳・メス)とご家族と一緒です。
権利の拡大とともに周囲への配慮も
「ロックハート城」で一般来場者が見学できるのは、英国の調度品などの展示があるお城の中と本格的な英国風庭園、ショッピングエリアとレストランです。ほかに、結婚式場があり、お姫様・王子様風の衣装で場内を歩いたり写真撮影ができる「プリンセス体験」も人気です。今春のリニューアルでは、これらに加え、新たに広いドッグランスペースができました。また、レストランの一角にペットと一緒に利用できる室内席も設けられ、犬用のドレス体験コーナー(中世風のドレスのレンタル&撮影サービス)もできました。
一方、リニューアル以降、以前は特に求められなかったおむつ(マナーパンツ)の着用が義務化されました※。持参していない場合は、チケットと一緒におむつを購入します。おむつやマナーパンツを嫌がって履けない子、履いたことがない子もいるかと思いますが、権利が拡大すればより多くの配慮も必要になるのは、仕方がないことだと思います。
※今回、コロンちゃんは特別に許可をいただいて撮影時は着用していません。
(上2枚)「ロックハート城」では、リニューアル後、おむつ(マナーパンツ)の着用が義務化された。持参するか、チケット売り場で購入して入場前に着用する
本場さながらの犬景
日本でイギリスを体験できるユニークなテーマパーク、「ロックハート城」。その犬景も、「犬禁止」の制約がほとんどない本場さながらのものでした。こうした光景が日本の一般の街角でも、当たり前に見られる日が来ることを願ってやみません。
■ 内村コースケ(写真家)
1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒。中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験後、カメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)正会員。本連載でも取り上げたアイメイトのリタイア犬との日々を綴った『リタイア犬日記〜3本脚の元アイメイト(盲導犬)の物語〜』で、大空出版「第5回日本写真絵本大賞」毎日小学生新聞賞受賞。同個展をソニーイメージングギャラリー銀座で開催した。


