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2025.02.17

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.47 キャンピングカーで犬連れぶらり旅 ― リタイア後の理想的な暮らし

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.47 キャンピングカーで犬連れぶらり旅 ― リタイア後の理想的な暮らし

写真・文 内村コースケ

犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。

行き当たりばったりで全国各地へ

「キャンピングカーで犬連れぶらり旅」。犬と暮らしている者ならば、誰しも一度は憧れたことがあるのではないでしょうか。「今は無理だけどリタイア後には実現したい」と計画を練っている人も少なからずいるでしょう。かくいう僕も、若い頃からその夢を変わらず持ち続けています。

実際、リタイア世代を中心に、キャンピングカーで旅をする人たちが増えています。僕の知り合いにも、理想的な犬連れ生活を送っている飼い主さんがいます。ラブラドール・レトリーバーのM子(7歳・メス)と本格的なキャンピングカーで飛び回る金澤恒雄さん(74)・信子さん(64)ご夫妻。犬の名前がM子と仮名なのは、アイメイト(公益財団法人アイメイト協会出身の盲導犬)の不適格犬だから。一生のうちで複数の家族と暮らすアイメイト関係の犬は、トラブル防止や関係者のプライバシー保護のため、存命中は本名を公表することができません。不適格犬とは、さまざまな理由でアイメイトにならずに家庭犬の道を進んだ候補犬のことで、M子の場合は皮膚にアレルギーがあったため、2歳半の時に金澤さんに引き取られました。

「今日はどこを散歩しようか、と犬のために毎日出かけます。日帰りで片道100kmなどは普通です。行き先は朝起きてから決めることが多いです。行き当たりばったりですね」と金澤さん。東京都内の自宅から、信子さんが大好きな富士山が見える富士五湖方面や秩父あたりへは日常的に出かけます。泊りがけの旅も、年間を通して楽しんでいます。「長い時は2週間くらい。北海道から九州まで、一通りは行きましたよ」。



いつも犬たちと一緒にいたい

山口県下関市出身の金澤さんは、18歳で上京し、大手電気メーカーなどを経て20代で独立。若くして電気機器を開発する会社を興しました。「テレビ関係に始まって、ビデオカメラなどの放送機器、ドアホン、電気釜、蛍光灯のインバーターとか、あらゆる電気製品の開発・設計に携わりました」。1985年のつくば万博では、その時初めて披露されたハイビジョンテレビの開発も手掛けました。やがて、デジタル化の波で電気製品が町工場の技術者の手を離れていくと、医療機器の開発も手掛けるようになっていきました。

「小学校2年生の時にゲルマニウムラジオを買ってもらって以来、なんで部屋の中にまで電波が突き抜けてラジオが聞けるんだろう、なんていう疑問を解明するのが面白くて、電気にはまりました」。仕事は忙しく、「徹夜は年がら年中。もう24時間どころではなく、50時間一睡もしないとか。まあ、好きなことを好きでやっていたからね。大変だけど、その大変を乗り越えるのが面白かった。お客さんも喜んでくれるし、感動があったんですよ。だから楽しくやってました」





犬を飼い始めたのは、そんな激務の日々が終わりを迎えるころ。ハードウェアの時代からソフトウェアの時代になり、培ってきた技術を活かせる仕事が少なくなってきていました。後を継ぐ者も現れなかったため、15年ほど前に会社を畳むことにしたのです。金澤さん、実は、子どもの頃から電気と並んで動物が大好き。子どもの頃は、郷里の下関で野良犬や野良猫、タカやトンビまで連れてきて飼っていました。「大人になってからもずっと犬を飼いたかったし、子どもたちも飼いたいと言っていたけれど、飼う以上は自分でちゃんと躾けて世話をしたい。そして、いつも一緒にいたい。だから、仕事をやめるまでは我慢していたんです」。キャンピングカーは、「いつも一緒にいる」ために必要な投資でした。M子だけでなく、インコのぴーちゃんも一緒にお出かけします。



「ドッグファースト」でエアコンつきのキャンピングカーに


   

お孫さんとラリー=2016年撮影

お孫さんとラリー=2016年撮影

最初に迎えた「ラリー」は、ラブラドール・レトリーバーのオスで、やはりアイメイトの不適格犬でした。実は、ラリーを迎える時、信子さんは反対したそうです。ご主人とは違って、もともと動物が好きなわけではなく、「家の中で犬を飼うなんて冗談じゃない、と言ったんです(笑)」。でも、犬を迎えた家庭のあるあるで、ラリーが来たとたんにそのかわいさ、純粋な眼差しの虜になりました。

ラリーとは10年間、濃密な時間を過ごしました。約1年間アイメイト候補の若い犬を預かる飼育奉仕と、引退したアイメイトを引き取るリタイア犬奉仕も経験。ラリーやリタイア犬が亡くなった後も、M子がその愛を引き継いでご夫妻に優しく寄り添っています。



旅先の長野県の「裏見の滝」で。飼育奉仕で預かっていた犬と=2019年撮影

旅先の長野県の「裏見の滝」で。飼育奉仕で預かっていた犬と=2019年撮影

キャンピングカーの方も、ドッグライフとともに進化していきました。「最初は普通のワンボックスで車中泊。その後、大型のハイエースのキャンプ仕様車に乗り換えました」。今の車は、中型トラックを改造した本格的なキャンピングカーで、3年目。「前の車で夏に北海道を回ったのですが、涼しい北海道でもやっぱり夏は暑い。ちょっとの間でも犬を車内で待たせられないのは辛いね、ということで、買い替えたんです」。今の車には、大型のバッテリーが積まれていて、家で使うのと同じ本格的なエアコンを備えています。ドッグファーストを追求した結果、キャンピングカーにたどり着いたというわけですね。



現在のキャンピングカーの居室。エアコン完備

現在のキャンピングカーの居室。エアコン完備

癌治療後も、「今を生きる」犬たちを手本に

「現役時代から休みの日も家でじっとしていたことがない」と言うほど行動的な金澤さんご夫妻ですが、実は2年前に癌(がん)の手術をしていて、現在も経過観察中です。2022年秋に信子さんに直腸癌が見つかって、翌3月に手術しました。その後抗癌剤治療に入ったのですが、その最中に今度はご主人にも大腸癌が見つかり、手術となりました。その後の経過はともに順調。信子さんが別の病気で入院したことはありましたが、こうして以前と変わらず犬連れ旅を楽しんでいます。



晩年のラリー。犬は過去も未来も関係なく、今を生きる=2020年撮影

晩年のラリー。犬は過去も未来も関係なく、今を生きる=2020年撮影



普段はおとなしいM子も、目の前に雪があると駆け出します

普段はおとなしいM子も、目の前に雪があると駆け出します

「やはり以前より体力は落ちています。それでもやっぱり出かけたい気持ちの方が強いですね。抗癌剤治療の合間にも北海道に行ったりとか。ずっと、なんとなく80、90まで生きるんだろうな、という感覚でいたけれど、そういう人生ではなかったんだと、癌になって初めて気づきました。本当に、今を大切に、今を楽しまなきゃ、という考えに変わりました」と信子さんは言います。

金澤さんが続ける。「僕も同じですね。シーザー・ミランというアメリカのドッグトレーナーが『犬は今を生きている、だから過去も未来も関係ない』と言っていますが、その考え方が好きなんです」。犬の生き方に共感し、勇気づけられる毎日だ。

そんな金澤さんご夫妻とM子の旅はこれからも続きます。動物たちに囲まれていた子どもの頃の話や、キャンピングカーの旅を通じて感じた現代日本の犬事情など、ご夫妻の周りにはまだまだたくさんのストーリーがあります。今後も折りに触れ、金澤さんたちの犬連れライフをご紹介したいと思います。





■ 内村コースケ(写真家)

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒。中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験後、カメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)正会員。2024年10月4日〜17日に、本連載でも取り上げたアイメイトのリタイア犬との日々を綴った写真展『リタイア犬日記〜3本脚の元アイメイト(盲導犬)の物語〜』(ソニーイメージングギャラリー銀座)を開催予定。