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2025.12.08
Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.56 写真展「リタイア犬日記」を開催 愛犬と皆様に感謝を込めて
写真・文 内村コースケ
犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。
リタイア犬「マルコ」の写真展を東京に続き長野県でも
本連載開始時の2021年3月から2023年11月まで、記事にたびたび登場したリタイア犬「マメスケ」こと、本名「マルコ」の写真展を、今年10月から11月にかけて、長野県の軽井沢町(信濃鉄道・中軽井沢駅構内「くつかけテラス」10/26〜11/3)と伊那市(「かんてんぱぱホール」11/7〜11/13)で開催しました。
マルコは10歳でアイメイト(公益財団法人アイメイト協会出身の盲導犬)の仕事を引退した後、2023年10月に亡くなるまで、私たち夫婦のもとで家庭犬として4年間を共にしました。そのマルコとの日々を綴った写真展が「リタイア犬日記 3本脚で駆けた元アイメイト(盲導犬)の物語」です。本作を写真絵本形式でまとめた作品が大空出版「第5回写真絵本大賞」で「毎日小学生新聞賞」を受賞し、その後、2024年10月に東京・銀座の「ソニーイメージングギャラリー」で写真絵本の内容を再構成した写真展を開催しました。今回の軽井沢展と伊那展は、念願の長野県での巡回展です。
銀座展会場の入口
銀座展には、繁華街のど真ん中のカメラメーカーのギャラリーという立地から、友人知人、犬関係、写真・カメラ関係の方々、買物客、外国人観光客など、およそ写真展で期待しうるあらゆる客層の皆様にご来場いただきました。それだけで十分、マルコの愛と純粋な生き様をおすそ分けできたのですが、長野県でも開催したのは、マルコが暮らした土地の皆さんにも、その様子を紹介したかったからです。僕はもともと東京出身ですが、2011年より長野県の蓼科高原を経て、今は軽井沢に近い浅間山麓で暮らしています。マルコとの日々は、美しい信州の高原を舞台にしたことで、より輝きを増しました。この素晴らしい環境には、マルコも僕たちも感謝でいっぱいです。
「リタイア犬日記」出展作より 八ヶ岳を望む高台で
「普遍的な愛」がテーマ
「リタイア犬日記」出展作より いつも穏やかな微笑みをたたえていたマルコ
「リタイア犬日記」出展作より マルコの優しさは周囲の人々や動物たちの心も癒した
マルコは、ひときわ優しく穏やかな性格の犬で、僕はその優しい瞳に魅了されて毎日のように写真を撮り続けました。その集大成が「リタイア犬日記」です。マルコの優しさは、今も写真を通じて理屈抜きで伝わります。
晩年は骨肉腫という骨の癌により左後脚を失い、3本脚の生活が1年余り続きました。マルコはそれを苦にすることなく3本の脚で元気に高原の自然の中を駆け回りました。僕はそんなマルコの優しさと強さに触れ、優しさとは強さであり、強さとは優しさであることを学びました。そして、それこそが「愛」の正体だと思うのです。
「リタイア犬日記」出展作より 3本の脚で雪原を駆けるマルコ
マルコは、かつてのパートナーや子犬時代の奉仕者、そして僕たち夫婦にそこ知れぬ愛情を注いでくれただけでなく、より広い普遍的な愛を、身をもって示してくれた存在でした。それが、「リタイア犬日記」のメインテーマです。
「リタイア犬日記」出展作より マルコの優しい瞳には、力強さも宿っていた
永遠のマルコ
「リタイア犬日記」出展作より 紅葉の季節に撮影したマルコの最後の写真
マルコは2023年10月に、14歳で天寿を全うしました。写真展には、亡くなる2日前に撮影した最後の写真も展示しました。そこに写るマルコの瞳はひときわ優しく輝いています。
写真展の来場者には、それらの写真を通じて、亡くなった自分の犬を思い出して涙ぐむ方も多くいらっしゃいました。僕自身、会場を埋め尽くしたマルコの姿を見渡すと胸に込み上げるものがあります。でも、それは単なる悲しみではなくて、どこか清々しい、穏やかな感情です。マルコの愛は永遠で、この世の僕たちの心の中にもずっとあり続けています。今も、天国からも足元からも自分の心の中からも「僕はずっとここにいるよ」という、マルコの声が聞こえてきます。
「リタイア犬日記」出展作より 「僕はずっとここにいるよ」というマルコの声が今も聞こえてきます
亡くなった子の愛は次の世代に引き継がれる
「リタイア犬日記」出展作より 亡くなった後、この写真が天国のマルコのイメージになりました
愛犬が亡くなると、「もう悲しい思いをしたくないから」と犬を飼えなくなってしまう人が多いですよね。写真展の来場者にも、同様のことをおっしゃる方が大勢いらっしゃいました。自身が高齢であれば、なおさらだと思います。一方で、亡くなった子の愛は次の世代へと引き継がれていくものだと思います。だからこそ、「ペットロスの最大の薬は次の子を迎えること」だと言われるのでしょう。
かく言う僕も、マルコが亡くなった後、すぐには次の子を迎える気にはなれなかったのですが、たまたまほとんど時間を置かずに、今度は同じアイメイトの「不適格犬」との縁がありました。少しばかりやんちゃだったため、アイメイトにはなれなかった若い男の子。マルコと同じくらい優しい子ですが、とっても愉快な性格で、大きな悲しみすら微笑みに変えてくれるような明るい存在です。この出会いを偶然で片付けるのは簡単ですが、僕は天国のマルコが「もう悲しまないで」と、ひときわ愉快なこの子を選んで遣わせてくれたのだと確信しています。だから、「マルコ」と同じ福音書の聖人の名にちなんで、その子を「ルカ」と名付けました。ルカは今、マルコも歩いた散歩道を、僕たちと一緒に歩いています。
マルコ(左)と歩いた散歩道を、今はルカ(右)と歩いています
来場者の温かさに包まれて
駅構内での展示となった軽井沢展会場の様子
「リタイア犬日記」には、「心が洗われた」「優しい気持ちになれた」といったありがたい感想を多くいただきました。そして、特に今回の軽井沢展と伊那展では、僕の方がそんなふうにお客様に救われました。
軽井沢は、マルコが脚を1本失ってから移った土地で、まだ知り合いが多くありません。さらに、伊那は軽井沢の前に10年余り住んだ蓼科高原に比較的近いものの、地縁が全くない土地です。そのため、友人・知人の来場はごく僅かで、ほとんどが地元のお客様でした。
伊那展の会場となった伊那谷と呼ばれる地域は、中央アルプスの麓の風光明媚な農村地帯です。そのため、あまり言葉は良くないかもしれませんが、「田舎のおじいちゃん、おばあちゃん」といった客層が目立ちました。そして、軽井沢でもそうでしたが、広々とした生活環境で犬と暮らす方々と共通の話題で盛り上がることのできる会場でした。そうした来場者がマルコに向ける純朴で優しい視線は、会場全体に温かく緩やかな空気を作ってくれました。
それはまるで、マルコがいたあの優しい空間が戻ってきたようでした。「永遠のマルコ」の存在をより身近に感じることができたのです。そして、自分もマルコや来場者の皆さんのような温かい存在でありたいと自らを省みる良いきっかけになりました。東京、軽井沢、そして伊那の皆さん、本当にありがとうございました。
来場者の優しさに包まれた伊那展会場
マルコとの巡回の旅は、もう少し続けるつもりです。今度はマルコとの4年間の大半を過ごした蓼科高原がある長野県諏訪地域と、信州の寒さを避けてひと冬を過ごした東京の下町でも開催できればいいな、と思っています。その時はまたぜひ、マルコに会いに来てくださいね。
■ 内村コースケ(写真家)
1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒。中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験後、カメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)正会員。本連載でも取り上げたアイメイトのリタイア犬との日々を綴った『リタイア犬日記〜3本脚の元アイメイト(盲導犬)の物語〜』で、大空出版「第5回日本写真絵本大賞」毎日小学生新聞賞受賞。同個展をソニーイメージングギャラリー銀座で開催した。


