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2025.10.20
Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.55 日本の公園にあふれる"犬禁止看板"に思うこと
写真・文 内村コースケ
犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。
愛犬の車椅子の練習場所を探して改めて気づく、“犬禁止”の壁
上の写真は、骨肉腫の手術で左後脚を失った後、公園で車椅子の練習をする我が家の先代犬「マルコ」です。この車椅子の練習が良いリハビリになり、マルコは最終的に自分の3本の脚だけで駆け回れるようになりました。でも、実は、練習場所の確保には結構苦労しました。断脚手術と同時に今住んでいる町に引っ越したのですが、周辺に犬が入れる公園が思いのほか少なかったからです。
マルコの場合、車椅子に乗ると、特に最初の頃は少しでも上りの勾配があると一歩も動けませんでした。土や砂利の荒れた路面も同様。アスファルトなどで舗装された平らな道か芝生の上でないと練習にならなかったのです。そうなると、我が家の周辺の環境では、安全に車椅子の練習ができる場所は自ずと遊歩道か芝生広場のある平地の公園に絞られました。山間部ですから、これは想像以上に厳しい条件なのです。
我が家があるのは長野県東部の御代田町という小さな町なのですが、南隣りの地域の中核市である佐久市では、条例により公園への犬の立ち入りが全面的に、あるいは芝生には入れないなど部分的に禁止されています。東隣りの軽井沢町や西隣りの小諸市では全面禁止はないですが、主だった公園で芝生などへの立ち入りを禁止しています。結果的に、犬の入場を特に制限していない地元御代田町の2つの公園と、勾配が比較的少なく遊歩道には辛うじて入れる軽井沢町の公園の1つで、犬が苦手な人が少ないであろう夕暮れ時や夜に練習をしました。できることなら、「犬連れ禁止」と一括りにせず、多様なニーズに目を向けて欲しかったというのが本音です。
公園を利用する権利は本来誰にでもあるはずですが、我々ペットの飼い主に限っては“犬(ペット)禁止”の看板が行く手を阻む現状が、今の日本にはあります。もちろん、犬や猫が苦手だからと禁止を望む側の気持ちや、できるだけ幅広い要望を受け入れなければいけない行政など公園管理者の立場も尊重しなければなりませんし、最低限のマナーも守れない飼い主が一部にいるのは否定できません。それを踏まえたうえで、今回は、私が個人的に出会った事例や、60年以上前から市立の公園への犬の立ち入りを禁止している長野市のケースを紹介しつつ、この問題を考えてみようと思います。
ペットが入れない公園は全国に
犬の入場を禁止している公園が多いのは、全国的な傾向です。僕は観光地ではない“知られざる町”を放浪してスナップ写真を撮るのが趣味なのですが、犬なしで一人で歩いていても様々な土地で「犬禁止」の看板にでくわします。
上の看板はさいたま市立の公園のもの。花壇や花畑が売りの公園なので、それらを荒らさせては困る、という理由は容易に想像できます。一方で、一面のコキアやネモフィラの丘で有名なひたちなか海浜公園を含め、もっと大きな国営公園では花畑の存在を理由にペットの入場を全面禁止にしているケースは聞いたことがありません。この時は公園を抜けた30分ほどの間に出会った人は数人。シーズンオフで花もほとんど咲いておらず、園内はガランとしていて少々寂しく感じました。公園の外の車が行き交う狭い道に囲まれた住宅街では犬の散歩をしている方にも出会ったので、単純に「なんか逆だよなあ」と思ったのでした。
上の写真のように、公園自体には犬連れで入れるが、芝生への立ち入りを制限している公園も多いですね。きっと、皆さんの身の回りにも1カ所や2カ所あるのではないでしょうか。ここは、高速道路からよく見えて、気になっていた芝生広場です。広々として気持ち良さそうなのにいつ見ても誰もいないので、ボール遊びができたら最高だな、と思って犬連れで来訪したのですが、この看板に出迎えられて意気消沈。同じ公園内の整備があまり行き届いていないエリアには看板はなかったので、そこで愛犬と楽しく遊んだのは内緒ということにしておきましょう。
大規模な公園には犬と一緒に入れることが多いが・・・
都立水元公園で。大きな国営・都道府県立の公園では“犬禁止”は稀
先ほど、国営公園には犬全面禁止の所はないのでは?と書きましたが、ほとんどの都道府県立の公園も同様です。犬を飼い始めた当初に住んでいた東京でも、年を追うごとに区立の公園には入れなくなり、少々遠くても都立の大きな公園まで行くことが増えていきました。東京を離れた近年はこの棲み分けがより顕著になってきたように感じます。15年ほど前までよく行っていた葛飾区の都立水元公園も、近年は以前に増して休日になると犬連れの利用者で溢れています。「禁止」の理由を公園管理者に尋ねると、「犬が苦手な利用者もいるから」が定番の回答なのですが、公園の広さは概ね国営>都道府県立>市区町村立ですから、空間が広いほど利用者の心も広くなり、苦手だから入れないで欲しいという要望が出にくいということなのでしょう。狭い公園は入れないことが多い、広い公園は大抵入れる、とざっくりと捉えて良さそうです。
ただ、県立の大きな公園で、こんな経験もあります。本連載で紹介した犬連れの梅見の記事(*1)を書くにあたり、ロケハンした時のことです。山梨県のある県立公園の一角に梅林があり、ネット情報ではペット入場可とのことだったので下見に行ったのですが、実際に行ってみると芝生や花壇の前のあちこちに「ペット立ち入り禁止」の看板が立っており、入れるのは舗装された遊歩道だけでした。梅林は遊歩道の一部と見られる石造りの階段に沿って広がっていたので、木のすぐ下の芝の所には入れなくても、階段上で梅をバックに犬の写真を撮ったりはできるのかな、と思いました。ただ、どうしても芝の部分を通らないとそこへは辿り着けない造りになっているのが気になりました。そこで、管理事務所で「梅林内の遊歩道に行くために芝の部分を犬連れで横切って良いですか?」と聞くと、「不可」の返事。抱っこして芝を通過するのもダメ。それなのに、「梅林内の階段は遊歩道の延長ですので、そこには犬も入れます」とのこと。つまり、「入れるけど決して辿り着けない」という意味不明な場所なのでした。その公園にはドッグランがあり、「愛犬家への配慮もしている」ということなのでしょうが、不特定多数の犬が来るドッグランで楽しめる犬と飼い主は決して多くはないという実情もご存知ないようでした。
あまりに理不尽な扱いだと思いましたので、管理事務所の上部組織に当たる県の担当部署に電話で改めて確認すると、最終的には芝を一時的に通って梅林内の遊歩道に行くのは問題ないという回答を得ました。当たり前ですよね。でも、そこまでしなければ現場レベルでNGのままだったかと思うと、とてもそこで梅見を楽しむ気にはならず、候補から外しました。
公園利用を制限されている地域では、どこで犬の散歩をすればいいのでしょうか?車が行き交う路地や排気ガスまみれの大通り?犬が苦手な人とニアミスする可能性が高い人通りの多い市街地?はたまた熊が出没する山中でしょうか?“犬禁止”条例がある長野県佐久市でのことです。素敵なロケット型のタワーが立っていて、マルコと「いつか行ってみたいね」という公園がありました。いざ行ってみると、半ば予想はしていましたが条例を根拠にした犬禁止看板が立っていました。看板の効果か、犬連れの人はおろか人っ子一人いません。諦めて踵を返し、別の河川敷の公園に行ってみると、犬連れの方々はそちらに集中していました。ここは市が管理するものの、遊歩道を中心に部分的にペットの散歩がOKと正式に謳われていますが、自然発生的に、他に行き場のない犬連れの常連さんたちが集まる場所になったというのが実情のようです。
期待を胸に初めて訪れた公園。しかし、犬禁止看板で入れず
部分的にペットを受け入れている公園。ここはいつも犬連れの常連さんたちで賑わっている
60年以上前の“犬禁止条例”がある長野市で規制緩和の動き
長野市の「犬の散歩ができる公園」の看板。下の看板の地図では、緑のエリアは入場可、黄色のエリアは入場不可を示す。長野市は一律禁止からゾーニングを徹底する方向にシフトしている
公園への犬の連れ込みを条例で禁止している自治体が少なくない中、“規制緩和”の動きもあります。例えば、「公園内に動物を引き連れること」を禁止する昭和38年施行の条例により、長年公園に犬が入れなかった長野市では、条例自体は存続しているものの、例外的措置として「犬が散歩できる公園」を平成10年から順次増やしています。従来から入れる市内の県立公園1カ所に加えて、今では主だった市立公園9カ所に、芝生内などには入れないという条件付きながら入れるようになっています。今年は河川敷の公園にドッグランも新設されました。
なにしろ60年以上前の古い条例です。市でも、制定されたはっきりとした経緯は把握していないというのですが、「当時、公園内の花時計の花壇が犬に荒らされたという苦情があった」という話が広まっています。最近も同じ長野市で、子供たちの遊ぶ声がうるさいという苦情をきっかけに公園自体が廃止されるということがありましたが、一つの事例や苦情をきっかけに全てが禁止されるということが60年前にもあったということなのでしょうか。何はともあれ、その時代に比べて犬を家族として捉える人が増えたことなどを背景に、今では市が実施したアンケートでも条例を疑問視する声が優勢になっています。加えて、飼い主のマナーが向上している現状が、順次開放の動きにつながっています。
こうして開放された長野市の公園には「犬が散歩できる公園」という看板が立っています。そこには、入れるエリアと入れないエリアが色分けされた地図と、「リード着用」「フンの持ち帰り」「ブラッシング・水浴び禁止」などの守るべきルール・マナーが書かれています。今回、市の担当者に改めて色々と伺ったのですが、「条例を見直す時期に来ているのは確かですね」とのこと。今後の動きにも、引き続き注目していきたいと思います。
長野市の別の公園では、犬禁止看板に阻まれました
■ 内村コースケ(写真家)
1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒。中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験後、カメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)正会員。本連載でも取り上げたアイメイトのリタイア犬との日々を綴った『リタイア犬日記〜3本脚の元アイメイト(盲導犬)の物語〜』で、大空出版「第5回日本写真絵本大賞」毎日小学生新聞賞受賞。同個展をソニーイメージングギャラリー銀座で開催した。


