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2026.03.11

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.59 きっと幸せに辿り着く「自分に合った道」

Dog Snapshot R 令和の犬景Vol.59 きっと幸せに辿り着く「自分に合った道」

写真・文 内村コースケ

犬は太古より人類と一緒に歩んできました。令和の世でも、私たちの暮らしにさまざまな形で犬たちが溶け込んでいます。このフォトエッセイでは、犬がいる情景を通じて犬と暮らす我々の「今」を緩やかに見つめていきます。

「不適格犬」という呼び方はかわいそう?

僕は今、長野県の浅間山の麓でラブラドール・レトリーバーの「ルカ」(4歳オス)と暮らしています。ルカは、アイメイト(公益財団法人アイメイト協会出身の盲導犬)の不適格犬で、同じアイメイトのリタイア犬の「マルコ」の後を継いで、2年前に我が家に来ました。

「不適格犬」とは、アイメイトとして訓練する過程で、アイメイトには向かないと協会の専門スタッフによって判断された元候補犬のことです。そうした犬たちは、アイメイト歩行を希望する視覚障害者とペアを組んで歩行指導を受ける前に一般家庭に引き取られ、そのまま家庭犬として一生を過ごします。

つまり、「不適格犬」は、アイメイト<としては>不適格だという、アイメイトを育成するうえでの協会内部の基準に基づいた呼称で、それ以上の意味はありません。ですが、言葉の響きから「なんだかかわいそう」という声も多く、心情としては分かります。当の不適格犬奉仕者の間でも「不適格犬」と呼びたがらない人が多いのは事実です。僕もいちいち上記のことを説明するわけにはいかないので、共通理解がない人に向けては「盲導犬になれなかった子」という言い換えをすることが多いです。他の盲導犬育成団体が独自に使っている「キャリアチェンジ犬」を一般名詞的に使う人も増えています。なので、個人的には、そのような形で世間に柔らかい印象を与える呼び方にした方が単純に楽だな、とは思います。

ただ、やはりアイメイトとしては不適格だという事実自体は、かわいそうでも何でもありません。20年近いアイメイト取材の中で僕が知る限り、どの不適格犬もアイメイト候補犬の血筋に特徴的な極めて優しい性格で、家庭犬として申し分のない素質を持っています。本来の意味を知っている者としては、やはり胸を張って「うちのルカはアイメイトの不適格犬です!」と堂々と宣言できる世の中になって欲しいです。

迎えて2年、ルカは優しくてイタズラもする、飼い主を楽しませてくれる素敵な家庭犬になってくれました。回り道をしても、それぞれの素質に合った道は必ずあるということを、ルカは証明してくれています。

申し分のない家庭犬

不適格犬は1歳半〜2歳くらいで奉仕家庭に引き継がれることが多いようですが、ルカは2歳半でうちに来ました。基礎訓練に加え、ハーネスをつけてのアイメイトとしての誘導訓練もある程度積んできたと思われます。そのため、ルカはうちにとっては、最初からいわゆる“いい子”でした。僕たちがしたことと言えば、散歩中に強めに引っ張ることがあったので、ひっぱり防止のハーネスを導入したことくらいです(現在は普通のハーネスや首輪でもほとんど問題ありません)。また、これは人間側の問題ですが、同居している高齢の母が食事中にルカに催促されると何度ダメだと言っても食卓から人の食べ物をあげてしまうので、母に対する教育に苦労したくらいです。

当然、アイメイトとして不適格になったのには理由があります。ただ、アイメイト協会はあえて詳細な理由を公表していません。僕が聞かされたのは「野生味が強い」という一言だけです。言葉をそのまま捉えると、何か攻撃性が強かったり、野原をガンガン駆け回ったりするイメージですが、それは全くありません。他のアイメイトの血筋の犬と同様、極めて優しい性格で、人懐っこく、ほとんどの犬と仲良く遊べます。吠えることもほとんどありません。

ただ、僕が今のルカを見ても、「アイメイトには向かないな」と思い当たる点は確かにあります。いわゆる内弁慶で、外では「穏やかな子ね」「優しいのね」と皆さん褒めてくれますが、家ではちょっと目を離すと、靴下やスリッパ、枕を見つけてきてガジガジくちゃくちゃイタズラします。協会の歩行指導員がやっているようにイタズラしているものを取り上げて、目の前で指し示しながら「No!」と叱ればその場では収まりますが、数分後にはまた同じことをします。特にごはんタイムや散歩タイムが近づいて我慢しきれなくなると、これ見よがしにイタズラが始まります。なぜか、犬用のおもちゃを与えても見向きもしません。外でも人の手袋を狙ったりします。一番困ったのは、子供が持っている小さいぬいぐるみをパクッと奪ってしまった時です。これも叱っても止まらないので、ぬいぐるみやマスコットを持っている子供には近づけないようにするしかありません。

思うに、ルカは頭がいい子なので、それらがいけないことだとは分かっているはずで、「分かっちゃいるけど体が勝手に動いてしまう」状態かと思います。そんな感じで本能が理性を上回る面が「野生味が強い」という表現になったのだと僕は解釈しています。子供のぬいぐるみをパクッとしてしまうのは困りますが、それ以外はむしろ笑っちゃうような、微笑ましいことです。ただ、アイメイトの場合は仕事中に我を忘れてしまうと万が一、事故の危険がありますし、視覚障害者との日常生活の中では靴下などの誤飲のリスクが今以上に高くなってしまうことは想像できます。

このように、アイメイト基準での「不適格」は、家庭犬としては「微笑ましい」くらいな場合がほとんどです。優しくて、自然の中を楽しそうに駆け回り、困ったちゃんなところもある愛嬌たっぷりの性格。物覚えが良くて、アイメイト候補犬時代には経験したことがない水遊びなどのアクティビティもすぐに楽しめるようになりました。小さい頃は犬が怖くて近寄ることもできなかった姪っ子も、ルカのおかげですっかり犬好きになりました。家庭犬としては間違いなく「適格」な子です。

写真のモデルも板につき

僕の最大の楽しみは、大好きな犬と散歩しながら、大好きな写真を撮ることです。でも、思い描いたように犬を撮るのって、結構難しいんですよ。僕の場合、気に入った光景に出会うと、そこを背景に愛犬を撮ることが多いですが、人間のようになかなかちょうど良いところで止まってくれません。さらには、カメラを向けられることを本能的に嫌う子が多いです。ルカも例外ではなく、最初の頃はカメラに手をかけた途端、スッと目を逸らす感じでした。

でも、ちょうど2年目を迎えたころからでしょうか。カメラを向けると、自分から立ち止まって遠くを見つめるようなポーズを取ってくれたり、声をかけると目線をくれるようになりました。実は一時期、「カメラ」と言ったらこっちを向くようにオヤツを使って仕込もうとしたこともありましたが、わざとらしいカメラ目線の写真ばかりになりすぐにやめました。そんなことをしなくても、繰り返し写真を撮っているうちに、自然となんとなくポーズを取ってくれるようになるものですね。皆さんの愛犬もそうだと思いますが、こうした飼い主思いの優しさは、家庭犬として素晴らしい素質だと思います。

回り道や失敗をしながらたどり着いた幸せの道

最初から家庭犬になるべくして生まれてきたペットショップやブリーダーから迎えた子の方が、回り道をした不適格犬より幸せでしょうか?あるいは逆に、アイメイトになるべくして生まれてきて、そのままアイメイトになった子は人間の都合で道を決められてかわいそうでしょうか?僕はそうは思いません。犬が人間と共に暮らす動物である以上、周りの人がその子に合った道に導くことはとても大事ですが、その方向さえ大きくずれていなければ、犬は自然と、自ら幸せな道を歩むようになると僕は思います。

それは、人の人生にも当てはまるのではないでしょうか。僕自身にも、生まれた時点である程度敷かれていたレールがありました。でも、そこをまっすぐに進んではきませんでした。いや、随分と回り道をしたと思います。外交官の家庭に海外で生まれ、将来は官僚や商社マンといった父と同じような道に進むことを周囲は期待していたと思います。当の自分自身は、幼い頃は「お百姓さん」になりたいと言っていました。農業をやりたいということではなくて、豚などの動物たちに囲まれた自然の中での暮らしを、幼いなりになんとなく夢見ていました。犬と浅間山麓で暮らしている今は、現実と折り合える範囲でその夢を叶えたと言えるかもしれません。

でも、そこに辿り着くまでの道は真っ直ぐではありませんでした。やはり子供の頃は親の期待する道を意識して、高校は進学校に進みました。そこで、今「犬」と同じくらい大事にしている「写真」に出会うわけですが、その時点では見えているレールを完全に外れる勇気が持てず、写真専門学校や大学の写真学科ではなく一般的な大学に進みました。そして、かろうじてレールから外れれることなく、仕事で写真を撮ることができる新聞社に就職しました。

途中で記者職から本当にやりたいカメラマン職に移りましたが、それでもやっぱり、「動物に囲まれた平和な暮らし」を夢見ていた僕に、人間社会の裏の部分をほじくり返すような新聞記者・報道カメラマンは天職とは思えませんでした。それで、入社12年目に退職してフリーになりました。安定収入と比較的高い社会的地位を捨てたわけですから、周囲からは随分と反対されました。それでも6年間フリーカメラマン・ライターとして東京でなんとか食い繋いだのち、2011年に信州の高原に移住して、念願の山暮らしをスタートさせたわけです。

おそらく、ほとんどの人の目には「もったいない」「都落ち」「競争に敗れた」といったように映っているでしょう。それが客観的に正しい見方かもしれません。自分でも、もっといい選択があっただろう、回り道をしなくて済んだ道もあっただろうと思います。ですが、自分は今の暮らしを少なくとも不幸せだとは思っていません。もともと犬好きの妻と出会ったことで、退社後に犬と暮らし始めました。犬がいなければ「犬のためにも」と山に移住することはなかったでしょうし、「お百姓さん」の夢に近づくこともできなかったと思います。4頭との出会いと別れを経て、ルカという素晴らしい家族が今、傍にいることが大事なのです。

だから僕は、ルカが僕自身と同じように回り道をしてここに来てくれたことに対して、「ありがとう」以外にかける言葉はありません。20年のアイメイト取材の中で、他の不適格犬にも大勢出会ってきました。どの家庭にも、それぞれの幸せの光景があります。失敗しても、回り道をしても、自分に合った道を進むことが、人にとっても、犬にとっても、幸せの道だと僕は確信しています。

■ 内村コースケ(写真家)

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒。中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験後、カメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「撮れて書ける」フォトジャーナリストとして、ペット・動物愛護問題、地方移住、海外ニュース、帰国子女教育などをテーマに撮影・執筆活動をしている。特にアイメイト(盲導犬)関係の撮影・取材に力を入れている。ライフワークはモノクロのストリート・スナップ。日本写真家協会(JPS)正会員。本連載でも取り上げたアイメイトのリタイア犬との日々を綴った『リタイア犬日記〜3本脚の元アイメイト(盲導犬)の物語〜』で、大空出版「第5回日本写真絵本大賞」毎日小学生新聞賞受賞。同個展をソニーイメージングギャラリー銀座で開催した。