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2019.10.08

平安時代の宮中にいた犬「翁丸」のおはなし。【#selfishな歴史犬聞録】

平安時代の宮中にいた犬「翁丸」のおはなし。【#selfishな歴史犬聞録】

はるはあけぼの。やうやう白くなり行く山ぎは…で始まることで知られる『枕草子』ですが、当時の宮中で働いていた女官の随筆として現代でも愛される古典の名作です。今も昔もあまり変わらない人の価値観や感情が綴られている一方で、当時の宮中の様子をうかがい知ることができる資料としても重宝されています。
ちなみに、今の時期だと作者の清少納言いわく、「秋は夕暮れ」がとっても趣深くて良いよね~と言っていますね。

そんな枕草子には、宮中で可愛がられていた犬がいたということを裏付ける章が設けられています。清少納言が記した犬、翁丸(おきなまろ)についてちょこっとご紹介いたします。

一条天皇のお后、中宮定子に可愛がられた犬


翁(おきな)とは当時の言葉でおじいさんのことを意味し、丸(まろ)は男性の名前に一般的につけられることが多い文字です。このことから翁丸は名前を付けられた時から老犬だったのか、はたまたなんとなくおじいさんみたいに見える犬だったのかは不明ですが、中宮定子だけでなく、女官や男性の貴族たちからも大層かわいがられていたようです。

3月3日の桃の節句には、当時の頭弁(蔵人頭:当時の天皇の秘書のトップクラス)であった藤原行成が翁丸のために柳や桃の花で髪飾りや腰飾りを作ってやり、華やかな姿で翁丸が宮中を嬉しそうに練り歩いた、なんて微笑ましいエピソードも残っています。(ちなみに、桃の節句といえば女の子のお祭りですが、現代に近いイメージが確立されたのは江戸時代以降のことで、当時は男の子も女の子も参加できるお祭りでした。また、犬は伝統的に多産の象徴で子孫繁栄を表す動物なので、子どもたちの成長を願う桃の節句に犬が着飾って練り歩くことがあっても不思議ではなかったのかもしれません)

宮中の人々から食事を分けてもらったり、遊び相手になってもらったり、話し相手になったりと、なにかと可愛がられて内裏(天皇とその家族たちの暮らす場所)での生活をのんびりと過ごしていたようです。その中でも特に翁丸を可愛がっていたひとりが、当時の一条天皇の中宮・定子。彼女は清少納言の主人でもありました。翁丸にしてみればご主人は定子様、そして同じく定子に仕えていた仲間が清少納言以下の女官たち……というつもりだったのかもしれません。もちろん、当時の中宮といえば天皇のお后様ですから、そんな定子や女官たちに可愛がられていた翁丸は貴族たちからも一目置かれる存在……だったはず。

そんな翁丸にある時悲劇が降りかかります。

DOG's TALK

翁丸の飾りを用意してくれた藤原行成は、大層字を書くのが上手く、当時の字の名人として称された三蹟の一人に数えられる有名人です。行成の書く文字は流麗でとても美しく、日本らしい柔らかな筆遣いだったと評価が高く、和様書道(日本書道)の確立に大きく寄与した人物だといわれています。彼が残した日記は「権記」で、こちらも当時の貴族たちの暮らしぶりがうかがい知れる資料として知られています。

一条天皇の飼い猫を驚かせた罪で追放!?そして…

中宮や女官たちとのんびりと過ごしていた翁丸ですが、当時の天皇は猫派だったようで「命婦のおとど」という名前の猫を飼っていました。この天皇の猫への愛情も筋金入りで、馬の命婦という猫のためのお世話係まで特別につけさせるほど。

さて、馬の命婦がいつものように命婦のおとどを呼ぶのですが、当の本人(猫)は気が乗らないのか言うことを聞きません。代わりに翁丸がとことこやってきます。そこで馬の命婦は冗談のつもりで「翁丸、命婦のおとどに威嚇して言うことを聞かせてやりなさい」というと、翁丸はその気になって命婦のおとどを驚かせてしまいました。
翁丸にしてみれば、指示されたことを一生懸命しただけのことなのですが、その様子を見た一条天皇は怒ってしまい、翁丸は滝口の武士(当時のガードマン)たちによって内裏から追い出されてしまいます。

無実の罪の翁丸と定子の再会

いなくなってから4~5日ほど経っても、内裏から追い出されてしまった翁丸のことを、定子は気にかけていました。「かわいそうなことをしてしまいました。翁丸は悪いことをしていないのに…」とこぼすこともあったようです。
しかしこの頃、内裏の近くで翁丸に良く似た犬の目撃情報が出るようになります。しかし翁丸を良く知る女官たちが「翁丸!」と声をかけても反応を示さず、内裏にいた頃とは打って変わってずいぶんとくたびれた様子だったことから「別人(犬)なのかしら」と結論付けられていました。

ところがうわさになっていたその犬は、ある日中宮定子の前に姿を見せます。定子が「お前は翁丸なの?」とたずねると、犬も大層喜んだ様子で伏せたまま鳴き声を上げて応えたのだとか。
定子と翁丸は再会を果たすことができたのですが、この時の様子を「犬が大粒の涙をぼたぼた流していた」と清少納言が記しています。……とはいえ、犬が感極まって涙を流すということはありませんから、どちらかというと泣いていたのは清少納言や定子のほうだったのかも知れませんね。

その後の翁丸

この時に内裏から遠くへ放されたにもかかわらず、自力で内裏へと帰ってきた翁丸と定子や女官たちが再会を喜び合っていると、宮中にいた他の女官たちや、ついには一条天皇までが「何事だ」と集まって来ました。ことの経緯を説明すると、翁丸を追放しようとした一条天皇までもが「感心者だ」と翁丸を褒め、ついには再び宮中での暮らしを許されたのだとか。

平安時代の当時、犬たちの地位は決して高いものではありませんでした。市中に暮らしていた日本の犬たちと比べると、翁丸の待遇は大きく異なっていたであろうことが想像できます。
そもそも『枕草子』の記述自体が清少納言のエッセイであり、正確性については疑問を呈されることもある史料ではありますが、この頃から翁丸という犬を可愛がっていた貴族たちがいた、と思うとなんだか嬉しくなりますね。

DOG's TALK

一条天皇もこの件以降、命婦のおとどだけではなく、翁丸にも一目置くようになったことだと思います。この当時は少しの行程であっても相当な時間がかかってしまうほどに交通事情が悪く、また夜になると明かりもない真っ暗闇が広がる世界でした。そう考えると、自分の記憶を頼りに内裏まで戻ってきた翁丸の帰巣本能に当時の人々は不思議な力を感じたのかもしれません。